宮本 融(公共政策大学院特任助教授)


竹中平蔵総務相の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」が始まった。小泉改革の総仕上げの目玉の一つとして6月にとりまとめを目指すというから、NHKの経営問題とNTT再編が中心となり、議論は深められないままに終わるだろう。先週で評価が地に落ちてしまったライブドアだが、昨年のニッポン放送を巡る買収劇以降、世間の注目が放送と通信の関係について集まる中で、不思議なことに誰も指摘していない論点がある。

日常的な疑問からスタートしよう。疑問の一つは、そもそも「儲かっているテレビ局がなぜ買収の危険に晒されているのか?」ということである。もう一つは、ひるがえって日本ではなぜ多チャンネルを見ようとすると、地上波、BS、BSデジタル、CS、そしてデジタル地上波とたくさんの放送局と様々チューナーを買い揃えなければならないのかということである。

なぜ高収益のテレビ局が買収対象になるか?

最初の疑問であるが、在京キー・テレビ局は各社とも最高の収益を上げている。社員の年収も高いことで知られている。「六ヒル長者」の若きIT系社長となべパーティーに興ずる入社数年の女子アナの給料が国立大学教授の倍近いことはもっと知られて良い。それだけの高収益企業がなぜ株式公開をして資金をかき集める必要があるのか。ニッポン放送の買収劇のときに喧しく議論されたのは「ジャーナリズムの独立性が資本の論理に捻じ曲げられてはならない」というものであった。「フジ・サンケイって『諸君』と『正論』だろっ。そりゃ守らにゃいかん。」という某保守政党の幹部の発言は苦笑を禁じえないが、進歩派ジャーナリストもこぞって「ジャーナリズムの独立性」を守れとライブドアを批判したことは記憶に新しい。
しかし、よく知られているように、ジャーナリズムの牙城である新聞社は独立性を貫くために株式を上場していない。フジ・サンケイ・グループにあっても産経新聞社は上場していない。資本市場の論理は堀江社長のいうとおり「買収されたくなかったら上場しなければよい」のであり、高収益企業の代表格のフジテレビのことだから、大抵のことなら内部留保か借り入れですむはずである。しからば、なぜ上場しているのか?フジテレビだけではない。04年のテレビ東京を最後の在京キー局は全て上場している。テレビ朝日は2000年10月の上場時に800億円増資しているし、テレビ東京は04年8月の上場時に58億円の増資をしている。フジテレビも昨年2月に転換社債を発行して800億円を調達している。なぜ、テレビ局は多額の資金調達の必要性に駆られているのだろうか?
答は、地上波のデジタル化対応である。テレビ局は03年12月にスタートしたデジタル化に対応して系列局も含め放送設備を全て更新する必要があるからである。テレビ局はテレビ番組を放送するのが仕事である。個別の番組にスポンサーがつき、広告料を支払うことでビジネスが成り立っている。もちろん、ポニーキャニオンのような子会社で番組のDVDを制作したり、映画を作ったり、番組関連のイベントやキャラクターグッズを販売するといった付帯事業からの収入も少なくない。しかし、「番組を制作して、それを放映する」ことの両方がテレビ局の仕事であることに疑いを挟む人は、日本には少ない。従って、地上波放送をデジタル化しようとすれば、テレビ局が資金調達して放送設備を更新することになるのである。
デジタル放送という技術システムを維持することはジャーナリズムなのであろうか。そもそも国民に情報発信する手法が少なかった時代には免許により割り当てられた電波は、国民の知る権利に直接応えるための重要な手段であり、そこには権力とメディアの緊張関係が常にあった。明治・大正時代には新聞紙条例が存在したし、ラジオも、戦後放送開始したテレビにも権力とジャーナリズムの緊張関係が存在した。権力は様々な手段を使って放送内容に介入しようとしたし、それに対し放送の現場にはジャーナリズムの独立を守るための粘り強い闘いの歴史がある。しかし、今やジャーナリストが情報発信する手段は活字メディアからインターネットや携帯電話まで多様化している。テレビ・チャンネルだってCS放送も含めれば相当多チャンネル化している。「日本の伝統文化を守る」という保守系の人たちだって、サンケイ・グループに依拠するだけでなくCS放送でチャンネルを持っている時代である。こうした時代に、テレビ局がデジタル化のための資金調達を株式上場ないし新株発行で行うが、しかしそれによって買収の危険に晒されると、普段はバラエティ番組を大量に放送しているテレビ局を、いつもは「ワイドショーはニュースの価値を減殺する」と批判する評論家が「放送機関の公共性」を理由として買収者側を断罪する態度には違和感を禁じえない。

アメリカのテレビ事情

この違和感の原因は、アメリカと比較すると何が問題なのかはっきりする。アメリカでテレビを見ようとすれば、確かにアンテナで地上波放送をほとんどの地域で視聴することができる。しかし、これは3大ネットワークの地域放送だけのこと。日本語放送もやってるInternational Channelはもとより、CNNだって見れない。大リーグもNFLもほとんどはスポーツ専門チャネルで放映しているし、映画も音楽も専門チャンネルがあるから、3大ネットのローカル放送だけでは見たい番組はほとんど見れない。見たい番組が少ないから視聴率も低く広告収入も低いから、こうしたチャンネルでは一日の半分くらいテレビ・ショッピングの番組をやっているが、放送設備も貧弱なのでそのままでは極端に画像が悪い。しからば、普通の人はどうやってテレビを見ているのか?
答は、ケーブル・テレビを見ているのである。集合住宅はもちろん、ほとんどの家ではケーブル・テレビが電話線と同じように来ており、月額37ドルくらい払えば基本パッケージとして40チャンネルくらい見ることができる。もっと払えば、様々なチャンネルも見ることができ、最大100チャンネル以上ある。街を歩いていて、衛星放送受信用のパラボラ・アンテナを見ることはあっても、日本でどこにでもある「八木アンテナ」を見ることはほとんどない。例えば、筆者の長年住んでいたボストン辺りでは、ほとんどの地域でAT&TかRCAというケーブル・テレビ会社2社が競合しており、そのどちらかと契約することになる。この他に(本大学院のE先生のように)、ひたすらブラジルのテレビ番組とサッカーのイタリア・リーグの試合を見るために衛星放送会社と契約を結ぶ人も比較的少数いる。どれを選んでも料金体系は多少異なりこそすれ、ケーブル会社や衛星会社の1社と視聴契約を締結すれば同じようなチャンネルを視聴することができるのである。
ここで注意して欲しいのは、番組制作と放送がセットではないことである。アメリカでもNBCといったキー局が、ドラマやニュースといった番組を制作する。しかし、放送(すなわち「番組配信」)自体はケーブル・テレビ会社や衛星放送会社が行っている。もちろん、放送局もCNNのようにもともとケーブル・テレビ会社だったものも少なくないし、製作局が1チャンネル毎に24時間をセットとして販売しているものも多いが、どのチャンネルを放送するか、更には基本パッケージやプレミアム・パッケージとしてどのチャンネルをセットとして販売するかは放送会社に選択権がある。いくつかのチャンネルでは、放送会社側が時間帯を選択して放送しているものもある。視聴者には、どの会社を通じて番組を見るかの選択権があるということになる。もちろん放送会社に番組選択権が生まれるまで、激しい闘争の歴史がある。80年代初頭までは、地上波しか見れなかった地域が多く、地上波放送は「貧乏人でもアメリカ人として基本的な情報に接する権利」として保護すべきであるとの意見が根強かったからである。しかし、80年代のCNNの躍進により、ほとんどの地域でケーブルが普及し、多チャンネル化が進んだ。2000年代に入り、ブロードバンドが急速に普及してきたが、これはケーブルが既に敷設されていることが大きく寄与している。実際、ケーブルテレビ会社のほとんどがインターネット・プロバイダーを兼業している。
技術は日進月歩である。放送方式として、地上波、ケーブル、それとも衛星のどれが優位になるのかは予想できない。アメリカの場合視聴者は、ブロードバンドでテレビ放送が視聴可能となった場合、そっくり契約会社を乗り換えればすむ。その意味で、技術進歩のリスクは放送会社が負っている。
これに対し、日本では地上波アナログ、衛星アナログ(BS)、衛星デジタル(BS、CS)、ケーブルという放送方式が共存している。地上波と衛星は全く異なるチャンネルが放送されている。地上波のデジタル化が完成しても、衛星放送のチャンネルも見たければチューナーは両方持ち続けなければならないし、契約も両方しなければならない。ブロードバンドでテレビが完全に放送されるような情報圧縮技術は既に利用可能である、それに伴いCSの衛星放送はケーブルに変わるかもしれないが、地上波は別番組だから両方持ち、両方に支払い続ける必要がある。また、アメリカではチューナーは基本的に一つだから、番組票による予約録画やキーワード入力による検索予約録画(SONYの「すご録」機能といえばお分かりだろう。)といった機能が充実した機種があるが、日本では異なったシステムを統合した予約録画機能つきチューナーなど未だに存在しない。更に今後、情報技術の進歩に伴い、地上波、衛星、ケーブルのどの方式が技術的優位を持つことになるかはわからないが、日本においてはそれぞれの技術によって配信されている番組が異なるという理由によって、全ての技術が淘汰されず全ての企業が温存されることになる。こうして、技術の重複による超過コストと技術進歩のリスクの全ては強制的かつ無自覚のうちに視聴者に負わされているのである。CS、BSの二つの衛星放送、地上波アナログ、地上波デジタルと全てに対応する設備を買い揃えた消費者は、ある日突然「アナログ放送はいずれ見れなくなるんです」といわれているわけだ。

政策決定における文理融合は急務

問題の所在は明らかであろう。コンテンツ制作とコンテンツ配信は、別の規制をかけられるべきなのだ。すなわち、コンテンツ制作たるジャーナリズムはその独立がきちんと保障されなければならないが、配信事業は自由競争の下厳しく市場の評価を与えられるべきなのである。
これは電力会社と同様である。電力会社の機能には、発電と送・配電がある。現在、風力や太陽光といった分散型の自然エネルギーの導入促進が日本で極端に遅れている原因は、電力会社が送・配電を独占していることにつきる。電力会社は、地域独占を認められる代わりに、供給責任と料金規制をうけている。電力料金は、基本的に発電コストに「適正利益率」を乗じた金額を売電量で割るという「マークアップ方式」で計算されている。従って、高額な発電所を建設しても、いやむしろ高額な発電設備を供えれば供えるほど発電コストが増大するから、それに「適正利益率」を乗じた企業収益は増大することになる。かくして、日本の電力会社は停電率の低さと周波数の安定という電気の質を極端に向上することになる。原子力発電所の立地にいかにコストがかかろうとも、それも別途特別会計から支出される国費でまかなわれるとすれば、電力会社には自然エネルギーの導入促進へのインセンティブなどあろうはずがない。
こうした問題を解決するためには、発電と送・配電を分離し別会社にしてしまえばよい。送・配電のように一旦ネットワークが完成すると市場独占となってしまうものを経済学上「ネットワーク独占」というが、その分は厳格な規制の下に置く。その代わり発電については、自然エネルギーだろうが、製鉄会社の高炉の炉調圧発電だろうが、液化天然ガスの気化を利用した冷熱発電だろうが、全てを競わせればよいのである。脱化石燃料が政策上必要なら、それが相対的に有利になるような制度を作ればよい。今のままでも燃料代のいらない自然エネルギーが相対的に有利になることはいうまでもない。OECDの報告書で日本は何度もこうした政策提言を受けているが、電力会社に気兼ねする「有識者」や政治家のおかげでこういう議論は一向に盛り上がらない。
テレビ局について言えば、免許事業者の既得権保護に「ジャーナリズムの独立」という正論を使うのはもうやめるべきだ。「コンテンツ」の保護と「キャリア」としての免許事業者の保護は同一ではない。放送と通信のあり方を考えるに当たっては、技術進歩とそのコストを国民のどの層にどのように配分すべきかということについての答がまず必要である。文系頭だけとか理系頭だけで政策を議論してはいけないということだ。文理融合の北大公共政策大学院においては、そうした政策分野を積極的に研究対象として取り上げていく必要がある。


中村研一 (公共政策大学院教授)


▼破壊のイコン ロンドンバスの残骸
噴煙をあげ崩壊するニューヨークWTC、マドリード・アトーチャ駅構内で爆発を繰り返しながら転覆する列車。こうした≪破壊のイコン≫が、人々に向かって恐怖を放射する。
G8サミット最中の2005年7月7日午前9時47分、ロンドンのタビストック・スクエアで爆破された二階建てバスの残骸。「叫び声のような赤、超現実的な位置に散乱した青のシート。そして無惨に割れた行き先表示板の<ハックニー・ヴィック>。それこそわれわれは、最も目を背けたいものなのだ」とイアン・シンクレアは言う。このバスの残骸こそ、ロンドン同時多発テロを人々に記憶させる、≪破壊のイコン≫である。
ロンドンの街を、数十年間、正確に運行してきた運転手には、乗客に十七名もの死者を出してしまったこと、あの時、タビストック・スクエアを通ったこと自体が、≪誤り≫なのであった。「庶民の足」の律義な運転手は、爆発のショックからわれを忘れ、全身に血を浴びたまま、バスの走ってきた経路を逆に辿って歩き続けた。「この経路を逆戻りすれば、あの時、タビストック・スクエアでの爆発を避けることのできた道を発見できるはずだ。」そして老運転手は、ようやく7マイル先の「アクトン交差点でわれに返った」という。

▼テロの顔 ハシブ・フセイン
テロは、月日と実行犯の容貌によって記憶される。9・11事件で、アメリカン航空11便を操縦しWTCに突っ込んだ「完璧な兵士ムハメド・アタ」。3・11事件でマドリッド・アトーチャ駅に「インフェルノ」を現出させた「麻薬の売人ジャマル・アミダン」。
英国中に知れわたったのは、一八歳のパキスタン系二世のハシブ・フセインの顔である。7月7日早朝、それぞれ10ポンド爆弾入りのリュックを背に「まるでピクニックに行くような」他の3人の実行犯の先頭を歩く顔。まだ幼さの残るフセインの緊張した相貌である。テロの顔となった若者にとってもまた、この事件は、何かの≪誤り≫ではなかったのだろうか。
フセインは、リーズ大学への入学も、パキスタン女性との婚約も決まっていた。無口な優等生は、イスラム主義への親近感も反英感情も一切示していない。人生は順風満帆に見える。実際、他の実行犯2人は、パキスタンを訪問したが、フセインは行っていない。他の3人は一緒に、決行の9日前、爆破ターゲットの地下鉄を下見したが、そこにも彼の姿はない。

▼81分の行方不明
しかしフセインは、他の3人の実行犯と、7月7日8時26分、ロンドンの列車ターミナル、キングスクロス駅に降り立った。そして他の3人は、8時51分から26分の間に、予定通り、3つの異なる地下鉄路線に乗り、その車両で次々と自爆を決行した。
キングスクロス・ターミナルに接続する地下鉄は5路線ある。「フセインは、ノーザン線を目標としたが、運休していて標的を失った」、という推測報道が流布した。しかし7月7日朝、ノーザン線は、ひどく遅れてはいたが運行していた。また他の3人の爆破対象としなかったヴィクトリア線も、北へ向かうピカデリー線も、順調に運行していた。
フセインは、他の3人とは異なり地下鉄に向かわなかった。そしてターミナル到着後81分、仲間による最初の自爆決行から56分、ロンドン・バスで自爆する瞬間まで≪行方不明≫になった。テロ決行の準備には長すぎるこの時間、ターミナル駅構内の緻密なCCTV網は、彼を捕らえていない。そして屋外に出た。
独りになってフセインは、仲間が決行した爆破の衝撃を感じたはずである。3つの爆破地点とキングスクロス周辺は、騒然となり、警察は現場から封鎖区域を拡げていった。彼の携帯電話に残された3回の発信履歴のうち、2回は、すでに自爆した仲間2人の携帯番号である。「ツーツー、ツーツー」という応答のない電子音を聞いたはずである。そして混乱のなかを、ターミナルから西に向って、相当の距離を、おそらく徒歩で、移動したはずである。誰も、彼の背のリュクの中身が爆弾であるとは気付かず、やがて多くの人々を道連れに自爆するとは夢にも思わなかった。このように「テロリスト」と呼ばれる人の多くは、一回限りの自爆が実行されるまでは「普通の人」、あるいは「透明人間」なのである。

▼誤りのバス自爆
そしてフセインは「30番、マーブルアーチ発ハックニー・ヴィック行き」バスに乗り、二階に上った。バスは、彼が移動してきたのとは逆の東に走り、やがて左手には、彼が仲間たちと80分前に降り立った鉄道駅ターミナルが見えてくる。しかしターミナル周辺が封鎖されたため、その手前でバスは迂回して南に右折し、タビストック・スクエアに至った。
「バスの二階奥で、長身の黒人風の若者がリュックの底をかき回し、他の乗客から不審を買った。バスから降りたらドカーンと爆発した」と、辛くも難を逃れた乗客の一人は言った。
フセインは、≪誤り≫の結果、あるいはためらいの結果、バスで自爆した。この≪誤り≫こそ、新しい≪破壊のイコン≫を生んだ。他方で、地下鉄爆破は≪イコン≫化していない。
家族は、≪行方不明≫のフセインがテロの巻き添えにあったのではないかと心配し、警察に捜索願を出している。彼自身が自爆犯とは思いもよらなかった。遺書類は一切ない。ただしフセインの兄が他の2人の実行犯の友人だった。これを糸口にして実行犯の身元が割れた。
ロンドン・バスの爆破を、≪誤り≫と呼ぶのは、これが最初ではない。1936年、ヒッチコックは、映画『サボタージュ』(コンラッド『密偵』の翻案)のなかに、明るく無思慮な少年スティービーが、ロンドン・バスで爆弾を運ぶ途中、≪誤って自爆する≫シーンを登場させる。ただしこのバス爆破のシーンを、ヒッチコック自身は「サスペンスの原則を覆した映画人生の≪最悪の誤り≫」と呼んだ。たしかにコンラッド『密偵』にはバス爆破は存在しない。原作では、感じやすく無思慮な少年スティービーは、爆弾を持ったままグリニッジ公園で転んで独りで自爆し、テロの標的としたグリニッジ天文台には到達できなかったのである。

▼模倣された「3+1」
なぜ下見に加わらなかったフセインが、テロに必要とされたのか。4は、「アルカイダ」の署名の意味を持つ数として複製されてきた。9・11の「4機の航空機」による自爆攻撃、3・11のマドリッドの「4列車」の爆破。4は「アルカイダ」神話を継承する自己証明として≪複製≫されてきた。そのため7・7でも、第4の実行犯フセインが必要になったのであろう。
フセインがバスで自爆したことは、「4航空機」、「4列車」の爆破から、「地下鉄3+バス1」の爆破という小変異を生み出した。そして「3+1」は一回限りに終わらず、それが新しいマジックナンバーとなって≪模倣≫された。7月7日のちょうど二週間後、アフリカ系の若者たちが、ロンドンの「地下鉄3+バス1」の爆破を狙った≪模倣テロ≫が生じた。ウイルスの突然変異のように、「3+1」という変種が、神話化されて複製されたのである。
一回目の7・7事件は大量の死傷者を出したが、爆弾テロに慣れたロンドン市民は、恐怖を示すことこそテロへの屈服として、生活を崩さず、地下鉄とバスを使い続けた。対して、7・21の≪模倣テロ≫は、爆破未遂に終わり、犠牲者ゼロだった。起爆装置は作動したが、大きな音と煙が出たのみで爆発に到らなかったのである。にもかかわらず、テロが繰り返されたことによって、7・7事件以上に、ロンドン市民を戦慄させた。直接の犠牲の有無よりは、将来に向かって「また繰り返される」という心理的衝撃こそ、戦慄を生み出す。

▼不条理の連鎖
そして7・21≪模倣テロ≫は、捜査当局による二つの≪誤り≫を生み出した。事件の翌日、7・21事件の容疑者のアパートに張り込んでいた行動確認のチームは、そこから出てきた若者(容疑者と風体の似た無辜のブラジル人)を、「50%の確率で容疑者」と判断した。
自爆テロ犯の対処用に訓練されたチームが呼ばれた。しかし若者の追跡を受け渡されたこのチームは、「100%容疑者の自爆テロ犯」と誤認した。そして地下鉄の車内で、自爆テロ犯用のマニュアル通り、若者の頭に8発の弾丸を打ち込んでしまう。≪致命的誤認≫である。
加えイアン・ブレア警視総監は、事件直後、メディアに向かって、事実の一部を隠し、誤殺の正当化を試み、部下を庇おうとする≪政治的誤り≫を犯す。その結果、7・7事件以来、慎重で地道な公開捜査を積み上げて、築いてきた市民の信頼を一挙に損なってしまった。
もしテロに「成功・失敗の基準」があるとすれば、7・7のテロ犯は、殺戮の大きさによってではなく、≪模倣≫犯の発生と当局の≪誤認≫によって、はじめて「成功」を収めた、と表現できよう。
このテロをめぐる過程を貫く論理があるとすれば、≪誤り≫を引き起こし、それが≪複製≫され、次の≪誤り≫を生み出し、そのなかで人が死ぬという≪不条理の連鎖≫の中にある。
「誰も彼を見ることはなかった。彼は、誰にも疑われず通り過ぎていった。人々であふれる街中に死をまき散らすペストのように」と、コンラッドは百年前にテロリストを「ペスト」にアナロジーさせた。この「ペスト」のアナロジーは、まず≪行方不明≫になり、そして≪不条理の連鎖≫を生み出したフセインの姿を、あたかも予見していたかのようである。

荒田英知(公共政策大学院特任教授)


実務家教員として10月に着任して、すでに一部の院生の方々とは授業その他で接しており、皆さんの意欲と能力の高さに、私自身大いに刺激を受けています。今回のコラムでは、これから皆さんが就職活動を進めていく上で、心の片隅に留めておいてもらいたいと感じたことを雑感風に記してみたいと思います。

来る2006年は、学部卒の院生の皆さんにとってはそれぞれの進路を決める、そして公共政策大学院としても初めて送り出す卒業生が社会から評価される、二重の意味で重要な年になります。

「政策プロフェッショナル」を目指し、充実したカリキュラムで学ぶ皆さんは、これからの公共政策の担い手として、高度な専門知識を習得しつつあることは疑いないでしょう。けれども、そのような能力さえ身につければ、社会が皆さんを必要とし、社会で存分に力を発揮できるかというと、ことはそう簡単ではありません。

皆さんは「新しい公共」の担い手としての活躍を期待されていることは言うまでもありません。しかし、社会はまだ「旧い公共」から「新しい公共」への転換を終えてはいないのです。したがって、意気揚々と社会に船出しようとする皆さんを待ち受けているのは、まだまだ「旧い公共」の秩序です。

その中に入って、「新しい公共」への転換を加速することこそ、皆さんに期待される役割です。それに応えるには専門能力に加え、「交渉力」や「コミュニケーション力」、「プレゼンテーション力」など、実践科目が想定する能力が生きてきます。さらに、時には「忍耐強くことを進める力」や「失敗した時に自分を励ます力」が求められるでしょうし、「まわりの人に好かれる愛嬌」が助けてくれることもあるかも知れません。

つまり、社会や組織の中で良い仕事をするためには、専門能力は必要条件の一部に過ぎず、最終的にはその人のトータルな “人間力”が成果を左右するのです。この点については、「旧い公共」にも「新しい公共」にも分け隔てはありません。就職活動に話を戻せば、面接官が最終的に見極めようにしているのはその資質だと言って間違いないでしょう。首尾よく最終選考まで進んだ際には、ぜひこの話を思い起こして下さい。


山田秀樹(公共政策大学院教授)

あと少しで平成18年に年が変わろうとしていますが、時の流れは、ますますスピードアップしているように感じられます。「10年一昔」とはいうけれど、この10年間に何があったか、いちいち列挙はしませんが、数多の出来事が起こり、めまぐるしく変化して、フォローするのが大変なくらいです。
他方、日本経済の趨勢をみれば、戦後の復興から高度成長、ニクソン・ショックや石油ショックを契機に安定成長、バブルを経て「失われた10年」、そして現在、デフレからの脱却を臨んでいます。

変革期を迎えているといわれて久しく、その時々の課題を解決していく取組みは重要ですが、たんに目の前の問題に右往左往するのではなく、長い視点に立って、あるべき姿を描きながら、対処方針を構築するアプローチが求められています。

学生の頃、マルクスの「資本論」を読んで、その思想の是非はともかく、感銘を受けた記憶があります。唯物史観といいますが、経済構造が下部構造として根幹にあり、それを動かすシステムとして上部構造に政治構造や社会構造がある。ところが、時の経過による生産力の増大が、その時点の経済構造のキャパシティに収まらなくなり、その桎梏を打破すべく、上部構造の変革を余儀なくされる。歴史の進展は、この原則に従い、古典古代社会、封建社会、資本主義社会、社会主義社会、共産主義社会へと展開する――といった内容でした。
現実には、社会主義社会は経済学的には非効率だったので、その実験はうまくいかず、資本主義社会の中で改良が企てられているということかと思います。

アイザック・アシモフにファウンデーション・シリーズという作品群があって、この中では、サイコ・ヒストリーという学問が設定されています。個々の人間の行動は不確実性が多すぎて読めないが、人間の集合体である集団は大きくなればなる程、大数の法則が働いて、その行動を把握する確率が高まる。従って、未来の人類の歴史を方程式で記述することができるという考えです。
物語は、世界のカオスを収束するためには、自然に任せれば長期間を要するところ、方程式の外生変数を適切に操作することにより、短期間での秩序の回復を目指し、そのために――と、展開していくわけですが、SFであってミステリーでもあって、経済予測のために計量モデルがある位ですから、あながち奇想天外とは決めつけられません。

そこまでのスケールは無理にしても、安定期ではなくて転換期にいる今、大きな問題意識を持って、壮大な構想に耽ってみては、いかがでしょうか。


吉田文和 (公共政策大学院教授)


政冷経熱といわれる日中関係だが、もう1つの重要な日中関係は環境協力である。中国の環境問題は温暖化・大気汚染、水質汚濁、廃棄物いずれも世界的な規模で、日本への影響も無視できない。このような状況を背景に、このほど上海の華東政法学院で第3回環境紛争処理日中(韓)国際ワークショップが開催され、私も参加・報告した。メインテーマでは中国の環境紛争事例と立法問題であり、サブテーマは循環経済であった。最近の中国の環境紛争は事例数と規模とも拡大の一途である。先ごろも広東省で発電所建設抗議の住民と武装警官の衝突が報道されている。このような事態に対して、中国側では環境紛争立法への動きが急である。そこで日本の公害裁判と紛争解決の制度が中国側にとって参考になる部分がある。私の理解では、日本の経験は以下のように整理できる。

先ず政治制度面では、公害環境問題への取組みを通じて、日本も地方自治と民主主義を確立していった。被害者が最後に訴えた司法的救済制度は、司法制度への一定の信頼が必要であり、被害者救済のために無過失責任制度、公害紛争処理法と公害健康被害補償法などの法制度整備が重要である。現在中国でみられる汚染工場への直接抗議行動、中央政府への直訴の多発は、被害者救済手続き制度の整備の必要性を示している。日本の公害経験は、地方自治の確立の重要性を示しているが、同時に「企業城下町」の問題(各地方の支配的な企業への経済的依存のために、環境規制が不十分になる)克服は依然として残された重要課題である。現在中国で、地方政府と汚染企業の結託により重大な汚染が放置され、深刻な事態を引き起こしている背景にこの問題がある。環境問題をめぐる参画者(actor)間の連携では、日本において企業と行政の話し合い、企業間の連携、行政と住民の話し合いは、非公式・公式に重要な役割を果たした。また様々な種類の公害防止協定(企業と行政間、企業と住民団体間)が多数結ばれ、民法上の契約の役割を果たしている。各参画者の環境管理に関する人材教育も重要であり、日本では各工場に配置を義務付けた公害防止管理者、熱管理士の国家資格制度などは中国でも適用可能性がある。経済面では、石油・石炭・水などの資源・エネルギー価格の適正化、補助金の段階的削減が省エネルギーを促進し、環境保全に有効である。形式的な環境税(中国の排汚費は低額に設定されており、汚染防止へのインセンティブとして効果が少なく、むしろ汚染の合法化につながる)は効果が少ない。

私自身はワークションプで日本の循環型社会の成果と課題について報告し、質問攻めにあい、別室で1時間半缶詰めになるほどで、これは中国で現在準備中の「循環経済促進法」に日本の経験が生かせないかという問題意識のためであった。他方で中国の事例も日本の改革に参考になる。上海市内の最新式焼却工場はEUのダイオキシン基準を満たし、日本よりはるかに低コストでごみ発電の民営化を行なっている。21世紀のアジアは華人経済圏になることは間違いない。そこで日本はいかなる役割を果たすべきか。政治経済のみならず、多面的な協力関係が必要である。

辻 康夫(公共政策大学院教授)


政治学の世界では、新しい「理論」が次々に現れる。「文明の衝突」「市民社会論」「マルチカルチュラリズム」などなど。ただ、それらのかなりの部分は、既存の議論の焼き直しであり、新しい「意匠」をもって語る必要の乏しい場合も多い。近年、公共政策の領域で盛んに論じられる「ソーシャル・キャピタル」論にしても、その例外ではない。

「市民が形成する人間関係のネットワークが、政治・社会システムのパフォーマンスを改善する」という主張自体は、19世紀初頭にアレクシス・ド・トクヴィルが定式化し、その後も、様々な機会に繰り返されてきたものである。もちろん、今日、この主張が強まる背景には、脱工業化、グローバル化、福祉国家の揺らぎ、などに伴う様々な問題の噴出があり、今日の議論は、以前とは違う要素も持っている。またこれらの「意匠」は、一定の政治的主張と結びつき、新しいフレーズを持って語ることに戦略的意味がある場合も多い。

ただ、公共政策を深く論じようとする場合、新しい「理論」「意匠」によって、問題が解決するという誤解を持ってはならないであろう。大切なのは、そのような議論の新しさがどこまで本物であるのか、また、いまなぜ(再び)それが流行しているのか、さらには、過去の議論のどの部分が現在も利用でき、あるいは利用できないのかを見極めることであろう。

本大学院で学ぶ方々には、常識的に流布している理論や常識に踊らされず、理論を吟味したうえで使いこなす力を身につけて頂きたいと願っている。

川島 真(公共政策大学院助教授)


台湾は、中国が急速なパワーとして成長を続ける中、両岸関係について新たな調整を迫られているが、実はそれだけではすまされない地殻変動をも感じている。いわゆる「台湾問題」は米中間の最大の問題の一つであるし、また台湾が日本の五十一年間の統治を受けたこともあって、日中関係の険悪化が、そのまま台湾内部のアイデンティティポリティクスに影を落とすことにもなる。いま最も懸念されているのは、第二のニクソン・ショックであろう。これは台湾のみならず、日本にとっても大きな問題となる。アメリカの東アジア政策が変容し、案件別に日中を使い分けていく様相になっていき、日本や台湾の頭越しに米中が接近し、さまざまなことが決まっていく懸念もある。これが現実味を帯びてきているのではないか、という見方もでてきている。日米はミリタリー・コードを、海上自衛隊を中心に共有しているが、台湾にいたっては、ミサイル防衛部分を除き、基本的にそうしたことはないのだから、危機感も倍増することになる。そうなると、やはり中国に対して強気に出るというよりも、やはり安定的な関係を築いていたほうがいいということになるし、日中関係が険悪になる中で、日本と過度に接近することも避けなければならなくなる。

こうした重層的で濃密な政治空間において、今月初旬、統一地方選挙が実施された。結果は与党である民進党の大敗北。国民党の大躍進となった。今春、野党である国民党の党首(当時)の連戦と親民党の宋楚瑜が訪中し、中国側からの熱烈歓迎を受けた。そうした意味で、今回の国民党の圧勝は、こうした大陸との関係においても大きな意義をもつことになるのではないかと予想された。また国際メディアの多くも、両岸関係の観点から論評を加えている。だが、実際には今春の連戦らの訪中との連続性から分析するのは妥当ではない。国民党は、新しい馬英九党首の下に、むしろ親中・汚職などの面で連戦らをスケープゴートにしながら、大陸との関係やアイデンティティ問題にほとんど触れず、ただただ民進党の腐敗を指摘し続け、再編された基層社会のネットワークを通じて勝利を収めたのだった。また、中国は静観を決め込み、特に介入したりしなかった。そして、大陸に赴いた連戦、宋楚瑜、さらには李登輝さえも、今回の選挙では出番なく、世代交代が印象付けられたのであった。

なお、陳水扁総統の指導力にも陰りが見え始め、引退論までささやかれた。この選挙の結果を、党首の退陣まで追い込まれた民進党がいかに受け止めるのか。大陸との「三通」ふくめ、なんらの打開策をとり、経済政策などを明確化しない限り、民進党に「教訓」を与えようとした人々は、来年の台北市・高雄市長選挙、再来年の立法院議員選挙、そして2008年の総統選挙において、「緑」に戻ってはこないかもしれない。体制の再構築が求められている。

宮本太郎(公共政策大学院教授)


これからの福祉政策あるいは社会保障政策を考えていく上で、重要な視点の一つは、ライフスタイルに対する中立性である。

これまでの福祉政策は、工業社会に典型的なライフサイクルを前提にして構想されていた。たとえば、第二次大戦後の各国の福祉政策や社会保障政策に決定的な影響を与えたイギリスの「ベヴァリッジ報告」(1942)をひもとくと、そこでは国民は被用者、主婦、退職者など6つのカテゴリーに分けられている。そして、それぞれのライフスタイルにおいてどのようなリスクがあるかが詳細に論じられている。たとえば被用者は労災に遭うリスク、主婦は稼ぎ手たる夫と死別するリスク等である。典型的なライフサイクルから典型的なリスクを抽出して、労災保険、寡婦年金保険、失業保険、医療保険といった社会保険制度をとおしてリスクをシェアしていくこと、これが、「ベヴァリッジ報告」の基本発想であった。社会保険によるリスクシェアリングが成立しない場合、公的扶助がこれを補完した。ここでは、サラリーマンとか、主婦といったライフスタイルに忠実であるかぎりにおいて、各種のリスクによる突然の収入途絶などについて何らかの所得保障が期待できた。20世紀の福祉政策は、国によって大きく異なっていたが、こうした発想は広く共有されていた。

ところが今日、被用者の雇用は流動的で、女性の労働市場参加は常識で、退職者はおとなしくしているとは限らない。このように人生模様はますます多様になり、そこから共通のリスク構造を抽出するというのは困難になっている。こうした制度と現実のずれをいかに調整するか。物議を醸した小泉首相の「人生いろいろ」発言は、もし深い思考に支えられていたなら、福祉改革の出発点としてもっともふさわしい言葉だったのである。福祉政策のあり方が人々の人生のかたちを拘束するとしたら本末転倒である。多様なライフスタイルに柔軟に対応できる福祉政策のあり方が模索されている。

年金を初め多様な政策分野で議論がおこり、わが国でも福祉が政治の焦点となっている。私の研究主題は、まずはその福祉政治の動態を客観的に、また比較論的に分析することである。

その一方で、新しいユニークな福祉政策の提起がいろいろ現れている。青年の自立支援のために21歳前後の若者にまとまった財を提供するという構想、あるいは労災や年金といった個別リスク対応型の社会保障をやめてしまって、これを所得調査抜きですべての市民に無条件で給付する最低限保障に切り替えようというベーシックインカム構想などである。「無駄に使う若者が出てくる」とか「そのような財源があるのか」等、すぐにいろいろな議論が出てきそうであるが、一つ確実なのは、これまでの「常識」にとらわれない大胆な発想で臨まないと、社会の激変にはなかなか対応できないということである。私自身、客観的な比較分析と併せて、市民の選択の自由を保障する新しい福祉のあり方を規範的に考究したいとも思っている。

小森光夫(公共政策大学院教授)


「そこは新しいからよくない」。私が15年前、ケンブリッジ大学の周辺で家探しをしていたときの、ケンブリッジ大学付属国際法研究所長夫人の一言である。色々な面で新しさに価値を見いだそうとしていた者にとって、それは意外な一言であった。

ではイギリス人の生活は古いだけかと言うとそうでもない。家を買おうとするイギリス人に、何をもっとも大事にするかを尋ねると、多くの人はageと答える。実際、三百年以上も前に建って、天井が低く窓の少ない家(古い建物に窓が少ないのは、窓の数に応じて税金がかけられていたからだそうだ)も結構な人気がある。

ところが、見かけは古い建物も、古くて機能が落ちる内装設備は、持ち主が変わるたびに工事人がきて新しい設備に改造していく。大改造、ビフォアー・アフター!のようなことはほとんどやらない。まして、古い家を壊して新築を建てるようなことは決してしない。そもそも市の許可が下りない。にもかかわらず、イギリスの生活は、時代の変化にあわせて着実に変化している。また人は、豊かになり、自らの身の丈が大きくなれば、小さな住まいを壊して新しく大きな住まいを建てるのではなく、小さな住まいを残して大きな住まいへと移り、最後に引退するとロンドンを後にするか、ケア・ハウスなる終の棲家に移る。その点で、新旧の巧みな取り合わせと循環がうまく組み合わされている。このことは、鉄道の駅と町の関係にも当てはまる。鉄道の駅は、シティーセンターから外れたところに置かれ、町の構造を壊さない。だから古い町の歴史が続く。

こうしたイギリスにおける住まいや町の構造における新旧の取り合わせを見ていると、イギリスの制度やイギリスにおける公共性の理解にも共通する価値観が基礎にあるように思われる。それを理解せず、制度的外見の新旧からだけその善し悪しを判断することは問題であるように思う。先例に依拠して法的判断をオーソライズするコモン・ローの世界は、形の上では、過去に依拠する点で古さを継続させるように見える。しかし実際には、これからはどうあるべきかが同時に論じられている。その点で、過去に定立された法律に依拠して判断する大陸法的な法解釈と比較して、どちらが機能的かは一概に論じられない。

ただ、この数年、ケンブリッジを訪れるたびに、EUの政策に基づく経済の拡大の論理に押され、イギリスが外見的にもどんどん機能的になってゆき、町の光景を変えつつあるのは、リンボウ(林望)センセイならずとも、寂しい思いがする。


山下竜一(公共政策大学院教授)

公共政策大学院では、私は、「行政法制度論」「行政訴訟論」の他、「法政策学」を担当している。「法政策学」という分野は法律学の中では最新分野のひとつで、この分野には阿部泰隆前神戸大学教授という大きな旗振り役がいるが、私は、法政策学とは、政治、政策、法律の相互関係をトータルにとらえながらあるべき社会を作り出していこうとする学問であると考えている。

従来の法律学は、政治・政策の世界と法律の世界をとりあえず切り離し、既存の法律を使って(解釈して)社会で発生する問題を解決しようとする傾向があった。法律学がこのように法解釈論に特化したのは法律学(者)にも原因があるが、新たな法律が作られる可能性がきわめて小さいという日本社会の客観的事情にも原因があった。

しかし、1980年代以降から始まった行政改革、司法改革(あるいは政治改革)の流れの中で新たな法律の制定や法改正が次々と行われた。私の関心でいえば、行政手続法(1993年)、情報公開法(1999年)の制定や地方自治法(1999年)、行政事件訴訟法(2004年)の改正等がある。私のもう一つの関心である環境法に関していえば、環境基本法(1993年)容器包装リサイクル法(1995年)、環境アセスメント法(1997年)の制定等は、地球環境問題の深刻化に端を発した国際レベルの環境政策に大きな影響を受けている。

このように、(国際)政治、政策の世界と法律の世界が密接な関係を持ち始めたのである。政治、政策、法律の相互関係をトータルにとらえながらあるべき社会を作り出していくことを課題とする法政策学を研究するにあたってきわめてよい環境が作り出されたということができる。

したがって、次なる課題は、これらを研究する主体的力量を強化することにある。公共政策大学院は、これらの主体形成に大きく寄与することが期待されているし、その可能性が実際にあると考える。国家公務員は、法律の解釈・執行のみを考えるのではなく、現在の法律を発展途上のものとしてとらえ、政治や立法に新たな法律案を提示していかなければならない。地方公務員は、国の通達に従うだけでなく、地域社会における新たな行政需要に敏感に反応しながら、地域独自の条例を作り出していかなければならない。NPOや国民・住民は、訴訟で行政に異議を申し立てるだけでなく、情報公開制度、まちづくりへの参加、行政立法手続を通じて、行政の内部過程に切り込んで行かなくてはならない。残念ながら法政策学研究者はまだまだ少ない。また、法政策学の対象の広さや深さを考えると一研究者ができることなどたかが知れている。公共政策大学院に集まってきた学生・教員が一緒になって共同研究をしていくことがきわめて重要になってくるであろう。


佐々木隆生(北海道大学大学院経済学研究科教授)


数年前に近代国家の生誕に関わって財政規模と支出構造の変動を調べたことが ある。驚かされたのは、そのときに政府がどこに支出したのかという研究がほとんど存在しなかったことだ。

経済学でも政治学でも増税は大きな問題であり続けてきた。増税が革命や政権交 代を引き起こした例はいくらでもある。だから、財政問題はどのような租税体系 が望ましいか、また財政の均衡をどのようにして維持するのかを中心に論じられ てきた。だが、どのような部面にどの程度支出すればいいのかということは看過 されてきたように思われる。

現代の「先進国」はいずこも財政規模がGDPの3分の1から半分くらいになっ ていて、10%足らずだった19世紀のような状態に戻ることはありえない。だか らこそ、「小さな政府を実現する」というよりも「集めた税金をどこに使うのか」 が問われている。

「大きな政府」や「政府の失敗」などが問題となってから、本当に検討されなければならないのはここにある、財政全体を抑制するために支出を一律に削減するとか歳入不足を「受益者負担」によってカバーするとか言うのは、短絡的発想からくるだけでなく、問題のすりかえになることを考えなければなるまい。
山崎 幹根(公共政策大学院教授)


エジンバラ道州制ということばには厳密な定義があるわけではなく、論者や政治的立場によって、実現しようとしている目的や価値、想定する政府機構などのしくみも異なる。 最大公約数的な意味をいえば、国から大幅な行財政権限の移譲をうけるとともに、これを新たな広域地方政府を設置して運営する政治・行政改革の構想であるといえよう。

そこで、道州制のありかたを考える際に、ひとつのモデルとしてしばしば言及されてきた一九九九年のスコットランド分権改革のプロセスを参照しつつ、道州制構想で追求すべき諸目的で、「デモクラシーの活性化」もまた重要であることを論じたい。

エジンバラロイヤル無論、長年にわたる独自の歴史、文化や、自明ともいえる強い地域アイデンティティをもっているスコットランドと北海道を単純に比べたり、スコットランドの事例をそのまま北海道に当てはめることは適切ではない。また、スコットランドでも、一九七九年の国民投票では、五一%の賛成多数を得たものの、四〇%の絶対得票率を得ることができず、改革が挫折したという経緯があり、独自性をもった地域であることが、広域地方政府の設立を必然的に可能にしたわけではない。広域地方政府をつくろうという改革が広がるためには、スコットランドでも国が地方のことを決めることの弊害が明らかになり、自治の重要性を市民が実感をもって共有する時間が必要であった。

スコットランド分権改革の最大の意義は「デモクラシーの活性化」にあり、ロンドンにある国会とは別の議会をつくることによって、スコットランドにかかわる内政事項のほとんどを自らで決定し、運営することを目指したところにある。

周知のとおり、イギリスでは七九年にサッチャー保守党政権が登場してから、多くの新自由主義的な改革が断行された。重厚長大型産業の縮小、炭坑の閉山、人頭税の導入、地方自治体の行財政権限に関する中央集権的な改革や自治体再編などがすすめられた。 これらの諸改革はスコットランドだけをねらい撃ちしたものではなかったが、一連の改革によってスコットランドは大きな打撃を受けた。

さらに、中央政府レベルでは八〇年代から九〇年代の後半までの保守党政権時代、スコットランド選出の国会議員をみると、労働党をはじめとする野党が多数を占める一方、スコットランドから選出される保守党の国会議員の数は年を追うごとに減少した。スコットランド市民は国会議員を選出しているのもかかわらず、中央政府レベルでの意思決定にスコットランドの声を反映することが困難である一方、他方では、スコットランドの社会を大きく変える改革が中央から一方的に押しつけられるという状況を生み出した。 これは「民主主義の赤字(the democratic deficit)」とよばれた。スコットランドにおいて分権改革を実現させようとする運動が広がったのは、こうした「民主主義の赤字」という状況を打破して、「スコットランドのことはスコットランドで決めたい、そのために自分たちの議会を設置したい」という機運が盛り上がったという背景がある。

戦後北海道において、スコットランドのような中央対地方の政治的な対立は、ごく一部の例を除いて顕在化しなかった。しかし、そのことは国と北海道との関係を律する現行のしくみに問題がないことを意味するものではない。戦後の北海道ですすめられてきたいくつかの「国策型」大規模プロジェクトが失敗してきた例をわれわれは知っている。

北海道とよく似た風景 その要因は一概にいえるものではないが、一つには、国による事業に地域の意向が十分に反映されてこなかったまますすめられたしくみにあるのではないか。また、九〇年代の「官官接待」にあらわれたように中央集権的な行政制度と地方の中央依存構造がさまざまな問題を引き起こしてきた。だからこそ、北海道における自治の再生のためにさまざまな改革がとりくまれてきた経過も忘れてはならない。

このように、国の行財政権限を移譲して、地方政府のコントロールのもとにおくという道州制改革には、北海道の「デモクラシーの活性化」という目的も重要である。そして、新たにつくられる広域地方政府の活動をどのようにチェックして、市民に対する説明責任を果たすのかを構想することもまた不可欠な課題である。

(北海道新聞夕刊文化面2005年6月20日)

倉田 健児(公共政策大学院教授)

今から15年ほど前のアメリカでのことだ。その当時、私は研究員としてアメリカの大学に在籍していた。その年はちょうど中間選挙の年で、私の滞在していた州、ノースカロライナ州でも改選期に当たる上院の議席があった。(アメリカでは2年ごとに国政選挙があり、大統領選のない年の選挙のことを中間選挙という。上院議員の各州への割り当ては2議席であり、任期は6年。二人の上院議員の任期はずれていることが通例だが、それでも2年ごとの選挙では上院議員の改選がない州も存在することになる。)

現職は共和党のジェシー・ヘルムズ、その時点で既に上院議員を3期務めていた大物だ。一方で、民主党の予備選を勝ち残ったのは、ハーヴィー・ギャント。ギャントはノースカロライナ州で最大の都市、シャルロッテの市長を黒人として初めて務めた人物だ。(アメリカでは共和党と民主党という二大政党が覇を競っていることはご承知のとおり。それぞれの候補は、党ごとに実施される予備選の結果で決められる。ヘルムズは保守派の大物、そこに新進の黒人候補が挑戦という構図で、結構注目を引いた選挙だった。)

私は政治学科に属していたのだが、周りの先生方の多くは民主党支持者だった。そのせいもあり、ギャントを支援する活動に積極的に参加していた。私もこうした先生方に連れられて、ギャントに会いに行ったりしたものだった。(彼と会ってひとしきり話した後、私には選挙権がないと告げると彼は残念そうに肩をすくめていた。しかし彼は、私がアメリカで会った中では間違いなく最も魅力的な人物の一人だった。)

アメリカのこうした選挙活動に直に接する機会を持てたのは、今振り返っても非常に幸運だった。テレビなどのメディアを用いた中傷合戦といった側面で報道されることも多いアメリカの選挙だが、草の根的な諸活動が現実に存在しこれが選挙戦のある部分を担っているという事実を、自らの経験として実感できた。(選挙の結果は、僅差でヘルムズが4選を果たした。その後彼はもう1期、計5期30年を上院議員として務め、2002年に引退した。)

日本に存在する様々な分野での普通の人々による草の根的な諸活動、こうした活動に対する知識と人材の供給をとおした支援は、公共政策大学院に求められる重要な役割だろう。15年ほど前のアメリカでの経験に想いを馳せるとき、今更ながらにそう感じる。


町野和夫 (公共政策大学院教授)


最近サルが気になっています。昔から人間の個人や集団としての行動を考える上で、人間に近いサル(類人猿を含む)の行動が参考にされてきましたが、経済学の研究者としては、一部の心理学や社会学あるいは日本の派閥政治に参考になる程度の話だと思っていました。

公共政策大学院で私が教えているミクロ経済学は、消費者や生産者(企業)の市場での意思決定を数理モデル化して考えることが基本になっています。ですから、公共政策を分析する視点も、財政政策や金融政策などマクロ経済学の視点ではなく、公害や公共財の供給などの市場メカニズムの失敗や、公平性などの価値判断を含む、効率性だけでは議論できない問題を解決する手段として公共政策を考えるというものです。近年は、公共政策の対象となる市民や企業のインセンティブを考慮した政策設計、既得権益をめぐる政治的駆け引き、といった問題を、情報の経済学やゲーム理論という理論で分析することも多くなりました。

研究者の間では、今はもう一歩進んで、人々が長年その社会・地域で築かれてきた、一見非合理的かもしれない行動規範や、(その市場だけではない)より広範囲の社会で築かれている制度を分析して、それらとの整合性を考慮しなければ有効な政策は立案できない、という理解が共有されつつあります。こうした問題を本格的に研究するには、完全には合理的ではない個人がどのように行動し、失敗からどのように学んでいくかという心理学、認知科学、脳科学の研究成果、あるいは、集団の中のあるメンバーの行為がどのように社会に広まっていくかという社会学、生物学、コンピュータ科学(シミュレーションなど)の研究成果、といった文理の垣根を越えた広い分野で得られた知見を無視することはできません。

最近のサルの研究でも、社会的行動への研究者の問題意識の深化、より自然に近い実験環境の実現、フィールド調査の蓄積などによって、狩や集団防衛でどのように協力するか、個人(?)間の紛争をどのように解決するか、協力のレベルと知能レベルにはどのような関係があるか(猿には出来ないが類人猿には出来る協力行動がある)など、人間の社会的行動を考える上で参考になる成果が出ています。 残念ながら北大の公共政策大学院にはまだサルの研究者はいないのですが、文理融合を標榜する組織なので、そのうちサル社会の公共政策を議論する研究者・学生が現れないかな、と期待しています。


芝田文男(公共政策大学院教授)

私が担当する社会保障や地域の保健福祉医療政策に関する新聞記事は、1週間もすると切抜きが山となる。マクロ的視点から、年金・医療などの制度改革の必要性や失敗を糾弾する記事から、ミクロ的視点で、「障がい」を持って生まれた方、認知症(「痴呆」)や、ガンになってしまった人やその家族など、人生の危機に立たされた人々の叫びを取り上げる記事まで内容も様々である。そのような分野の仕事に公務員として、NPOとして加わりたい、加わってきたことを見つめ直したい、批判的に検討したいという方の学びのお手伝いをするのが、私の今の仕事である。中央の公務員の経験から言えば、この分野は、人の生命、幸福に直接関わり、時として重いけれどやりがいを感じることも多い仕事である。


行政の仕事は、法律的な検討にとどまらず、経済への効果や影響の検討、効率性の追求あるいは、多様な対象者、業務に携わる人々の利害の調整といった側面が大きい。医師や介護事業者、地方自治体が加わって制度が執行される過程で、良きにつけ悪きにつけ、思いがけない方向に進むことも多い。従って、そのような具体的な事例や課題に対して、さまざまな制約の中で、制度の改善すべきところや、問題点を発見し、議論し、解決策を検討し、それを実行するための調整を進める能力が求められる。 公務員の採用試験で面接が重視される点もここにある。いろいろな議論を面接官からふっかけられ、あるいは、逆に問いかける過程で、行政知識は不十分(各分野の専門行政官には勝てない)ながら、自分なりに考え、相手に伝えようとする能力や姿勢が評価されることが多い。 日本の社会保障や地域福祉等に興味がある方、他の行政分野志望でも行政の問題事例の研究として、改善すべき点や失敗と思われる点を議論してみたい方々を歓迎する。


HOPS座談会 2005.5.19


参加者の皆さん

宮脇  淳 北大公共政策大学院院長
砂田祐介 北大公共政策大学院1年
滝口倫子 北大法学部4年生
司会 山崎幹根 北大公共政策大学院助教授


司会 本日は、今年の四月に開設されました公共政策大学院がどのような理念のもとに、どのような科目を展開しているのかを、多くの方々に知っていただくために、座談会を企画しました。それでは、出席者の方々に自己紹介とともに、公共政策大学院に対する感想などをお話ししていただきたいと思います。

宮脇公共政策大学院院長の宮脇です。まず最初に私から、公共政策大学院の特色についてご説明したいと思います。今年の四月から公共政策大学院がスタートしたのですが、実は三年ほど前から設立の準備に取り組んできました。我々としては1つのゴールであり、また、スタートでもあり、新入生を迎えられたことは本当に嬉しい限りです。
では、公共政策大学院とは一体何なのか。特色の一つは専門職大学院という位置付けにあることです。例えば、最近でいうと法科大学院、会計のアカウンティングスクールなどがありますが、ここは公共政策に関する専門職大学院です。しかし、弁護士になるとか会計士になるというと話はわかりやすいですが、公共政策の専門職とは一体何なのだろうという、他の専門職大学院に比べてわかりづらいところがあります。

我々のコンセプトは三つあります。一つは「文理融合」、二つは「理論と実践」、そして三つめは「構想力と実現力」です。これらのキーワードを通じて、国や地方自治体のこれからを担ってくださる公務員の方々、そういう人たちをどんどん輩出していこうというのも大きな柱の一つです。ただ、それだけではありません。例えば行政の世界で十年以上活躍され、様々な経験を積んでいらっしゃった方が、これまでのそうした経験を体系的に、理論的に整理したいという要望があります。これをリカレントと言うのですが、そのような場を提供したい。あるいは、公共政策というのは行政だけの専門領域ではありません。最近はパートナーシップという言葉をよく聞きます。これは企業やNPO、あるいは住民一人ひとりでも、公共サービスを含め、地域を担えるいろいろなことができる、そういうノウハウが蓄積されており、それらが提供され融合する場にもなっています。ですから、実際に入学してくださった方を見ても十人以上は社会人で、多彩な経験を持った方がいらっしゃいます。一方では学部から入っていただき、これから公務員を目指す、あるいは公務員以外の企業やNPOを目指す方もいらっしゃいます。

そういう中のコンセプトの1つが「文理融合」です。公共政策大学院というのは法学部のみならず、経済学部、工学部からも専任教員の方々が参加していただいて、まさしく文と理、いろいろな視点を持ちましょうということでスタートしました。確かに、これはそう簡単なことではありません。反面、分野ごとの違いはあるものの、「政策」という言葉を通じて考えていこうとすると共通点もたくさんあると思い始めています。ですから、知識と経験をどんどん重ね合わせていって、公共政策という新しい学問領域を造っていくことへのチャレンジをしているところです。

もう一つは「構想力と実現力」です。社会における経験をたくさん持つことも重要でありますが、さらに応用力を発揮するためには、それを普遍化する、一定のことに共通化できる本質的な要素を見抜く力が必要になってきます。経験は豊かだけれども、普遍化する時間が無いために、社会人の皆さんは苦労されていると思います。こうした方々に対して、我々は「一度ここに来て、今までの知識や経験を普遍化してみませんか」と、呼びかけています。一方、学部からこられた方は、むしろ普遍化した知識を豊富に持っています。それを授業や演習などで提供される具体的な実例、事例を通じて、今度は自分が普遍化したものをいかに現実に結び付けていくかという作業に取り組んでもらいます。ある意味で言うと、公共政策というのは学問のベンチャー的な領域かもしれませんし、また、それを社会的な実験として、実現していけるという新しいフィールドも持っていると思います。これは国内だけでなく、国際社会のグローバル化の中でどんどんやっていかなければならないことですから、当然世界を視野に入れて考えていくことを目指しています。少し長くなりましたが、以上が公共政策大学院の理念です。

砂田 公共政策大学院公共経営コース1年の砂田裕介です。私がこの公共政策大学院を目指そうとした理由は、現在の地方分権化の流れにありました。地方分権をすすめるとしても、分権がなされた後、地方自治体にその権限を活用するほどの力があるか、また地方自治体職員にはどのような能力が必要とされているのかということに関心を持ったからです。その中で私が特に考えていることは、これまでのように行政と住民を乖離させておくのではなくて、両者の架け橋になる能力を持つ存在が必要だということです。そういう意味では、この公共政策大学院ではそのような能力を高めつつ、いろいろな知識を吸収しながら、それを実際に政策の場で出せるのではないかと考えて、この大学院を選びました。現在、三週間講義を受けて感じたことは、やはり社会人の方が多いということです。社会人の皆さんと我々学部卒の学生が話すと、どうしても議論の論点が異なっているという印象を持ちました。社会人の方々は実務や現場から得た話をします。我々は理論を優先して考えてしまいます。その両者の溝を埋めることができれば、公共政策大学院は素晴らしいところになると思います。 また、私が三本の柱の中で最もすごいと思っているのは「理論と実践」です。というのは、この大学院において事例研究という科目は大きな目玉だと思います。それを精一杯勉強していきたいと思います。

滝口 学部四年の滝口倫子と申します。現在は国際政治を勉強しています。二年の後半から三年の前半にかけてマサチューセッツ大学に留学していました。国際関係に関心がありますが、留学中には日本のこと、生まれ故郷である北海道で、私はどうしていきたいのかと深く考えるようになりました。
公共政策大学院は北海道にありながら国際政策というコースもありますよね。北海道という地域と国際政治・経済をどう結ぶのかということにとても関心があります。例えば京都議定書があります。二酸化炭素の排出量削減という具体的な問題がありますが、北海道の多くの自治体では、今は財政状態がよくないので、問題解決に着手できないということを新聞の記事で読んだことがあります。でも、何とかして取り組んだときにはプラスイメージにつながるだとか、逆にコストが削減されるという道もあると思います。北大公共政策大学院では、このような政策課題を学べるのかというイメージを持っています。今後の進路としては、マスコミ関係に進みたいと考えています。

砂田 北大の公共政策大学院は「文理融合」を理念としていますが、これをどのように実現させるのでしょうか。

宮脇 確かに「文理融合」というのは、言葉で言うほど簡単ではないです。大学を見ても文系と理系ではいろいろと行動様式や文化も違うし、今まで一緒に何かをやることは少なかったです。今回、「文理融合」ということを考えたきっかけにはいろいろなものがあります。例えば、まちづくりを例にとってみても、我々文系の人間は計画をつくります。一方で、例えば、バリアフリーの街づくりをしなければならない。そのためにはどういうふうに建物を造らなければならないのか。あるいは環境にやさしいと言っても、それは技術的にどういうことなのだろうか。こういうものが、これまでは残念ですけれども、距離感を持ちながら別々に行なわれていました。ですから、どこかちくはぐな感じがありました。一方で技術的な分野の方々が、役所や企業に入って公共事業や建築をやるとします。そうしたときに、一定の経験を積んでくると、今度は様々なプロジェクトのマネージメントをやらなければなりません。最近では民間で公共事業をやりましょうという動きもあります。そうすると、技術力だけでなくそうしたマネージメント力やプロジェクトの総合的な企画力も求められるようになります。現実問題として文理両方の知識を持っていることが必要になってくるわけです。しかし知識を持っているというだけでは、まだ融合ではありません。ここで鍵となる概念は「政策」です。例えば、経済政策や技術政策。冠は違うけれど、「政策」というのは同じ言葉です。そうすると、「政策」というツールから考えたとき、本当に経済と技術と法律は違うのだろうか、何が違って何が同じなのか。同じ「政策」という言葉に乗っていますから、必ず共通したものがあるはずです。まず入口では「政策」というツールを使って共通点を見つけ出していこうということです。その共通点が見えてきたところでお互いに議論していけば、同じ言葉や視点で議論できます。このようにして、我々の持っているカリキュラムをもっと進化させようと考えています。また、カリキュラムでは、六つの政策課題に設定された「モジュール」という単位に即して、複数の科目間の連関を掘り下げて考えるというプログラムがあります。「文理融合」は、我々教員と学生の皆さんとが研究活動を通じて造り上げていくものですが、道が見えてきているというのが私の実感です。

司会 ありがとうございます。公共政策大学院の特色の一つに「事例研究」という科目があります。これは、実際の公共政策を一次資料や文献の講読を通じて検討したり、あるいは、各界の実務政策担当者や特定の政策に精通しているジャーナリストの方々を招き、ゲストの報告を聞きながら議論をする形式の演習です。また、いくつかの「事例研究」では、複数の分野の先生が共同して運営されています。こうした場で、宮脇先生が指摘をされたようなアプローチによって、公共政策にかかわるさまざまな議論を深めてゆきます。

宮脇 例えば、「事例研究」の中に「リーダーシップ論」というのがあります。リーダーシップを日本語にすると指導力になります。指導力を発揮する場合、技術領域と文の領域は同じなのか違うのか。同じ人間が一定の集団を扱うわけですよね。そうすると、実は違うように見えても同じようなところがたくさんある。その同じようなところを見抜いていれば、技術系であろうが文系であろうが指導力を発揮できるわけです。そういう部分というのはたくさんあると思います。公共政策大学院では、事例を通じてちょっと別の視点で見てみましょうと。そうすると、意外と共通点があるのではないでしょうか。そういう発掘をしていただければと思っています。

滝口 先ほどの自己紹介でも触れましたが、国際的な動向と北海道との関連についてどのように考えればよいか教えていただければと思います。

宮脇 日本の中でも北海道は、まさにダイレクトに、国際的な橋を架けていける地域だと私は思っています。これまでの日本は東京を中心に物事が進められてきました。経済も行政も中央集権でやってきました。北海道という地域を見ても、例えば札幌は東京と同じですよね。それはある意味、これまでの結果です。一方で北海道にはまだまだ特色があります。例えば農業一つとっても、寒冷地ということで優位性を持っている部分がありますし、残念ながらかなり荒れつつも、自然環境は国内でも優位性を持っています。今まさに時代は中央集権から脱却し、地方分権へ向かおうとしています。その時に北海道が自ら政策を考える、地域を考える。そうすると、情報化の時代ですから、東京を通じなくても世界に向けて情報を発信できる可能性が大いにあります。そうした発信ができるときに非常に重要なのは差別化できる資源があるかどうかということです。北海道はその資源をまだたくさん持っています。ですから、北海道大学で公共政策大学院をスタートできたことは、我々にとって非常に恵まれたことと思います。資源を発掘してダイレクトに国際社会に発信していく、言葉を変えるとプラットフォームと言うのですが、地域や世界の架け橋になる。まさに北海道で研究をすることが、非常に恵まれている条件だと思っています。

司会 国際的な動向と北海道を結ぶ公共政策について、具体的な事例を教えてください。

宮脇 北海道は少子高齢化が日本の中で見ても進んでいる地域です。特に高齢化が非常に進んでいます。そして人口も減少していく、そういう局面にあります。北海道は広い面積に高齢者が分散して住んでいます。ここだけ考えると、非常に厳しい環境にあるといえます。ところが、そういう条件として良くないからこそ成立したビジネスモデル、あるいは政策のツールというのは、アジアなどで活用する時に有効性は非常に高いでしょう。中国でもこれから高齢化がやってきます。しかもあれだけの広い面積で、その中でどうやって有効なサービスを提供していくのか。そういうことは北海道だからこそ蓄積できることです。最近介護や育児のプログラムで北海道発というのが結構出てきています。それから流通業も北海道は強いです。条件の悪いところで考えたビジネスを条件のいいところにもっていくと、収益がとても上がります。これまで我々が劣位だと思っていたことが、そこで有効に機能するものを造り上げるとそれが世界でも通用する場合が少なくありません。

もう一つは、人口が減少してくると地域経済をどう維持していくかということを考えます。それから名寄周辺の農業は全てもち米です。そしてオホーツク紋別の水産加工、こういったところの労働力の半分近くは中国の方です。東京と違うところは、中国の方が来ないと地域が維持できないということです。夏祭りなどにも中国の人たちが住人として参加しています。そうすると市町村そのものがある意味で外交しなければなりません。外交は外務省の仕事という時代ではなくて地域がダイレクトに、そうした人と人との交流に対してサポートする政策を考えていかなければなりません。外交したいときには外務省を訪れるというのではなく独自にいろいろなことができる時代です。ですから北海道は、ある意味先進地域です。言葉を変えると、日本、あるいはアジアがこれから直面する問題を先取りしている地域です。そういうものを早く吸収し、新しいモデルを造っていくことで、一歩先の政策やビジネスモデルをどんどん発信していける地域だと思います。

滝口 三本の柱の三つ目、「構想力」について教えてください。リーダーシップや交渉、ペーパーなども勉強していくということですが、プレゼンテーションとか表現力という部分もカバーされるのですか。

宮脇 それは非常に重要なところだと思います。日本の場合プレゼンテーション能力を磨くという教育が十分ではありません。知識はたくさん持っているけれど、それをどうやって間違いなく相手に伝えるか。あるいはそれを「政策」としてまとめたうえで交渉しなければいけないなど、あらゆる局面があります。我々のカリキュラムでは「交渉・合意形成手法」や、「法政策ペーパー技能演習」と言って、どのように相手にとって説得力のある提示をするのか、あるいはその前提となる「社会調査法」という科目があって、自分達の考えていることをより説得力のあるデータとして裏付けるため、どういう調査方法をとればいいのかということを体系的に学べるようになっています。それは相手に自分の意図を伝えてコミュニケーションがとれないと、いくら良い政策を考えても伝わりません。また、知っていることを一方的に話しても、それはコミュニケーションになりません。ですからコミュニケーションをとれるためのノウハウ、基礎的な知識、そして実践力というのがカリキュラムの中に造り上げていくことを目的にしています。

滝口 それは例えば行政の方が市民の方にわかりやすく伝えるとか、逆にNPOや企業の方が行政に対して提言するため、ということですか。

宮脇 その通りです。例えば「わかりやすく説明してください」と言われると、はたと困ってしまうんです。わかりやすくとはどうすればいいのか。言葉を簡単にすると余計わかりにくくなります。市民の皆さん、企業ではクライアント、あるいは海外の方、そういう方々に説明するときに、言葉だけやさしくするのではなく、いろいろな工夫が必要です。まず相手と共有できるフィールドをつくってから自分の主張をしないと相手は聞いてくれません。そういうことが上手な人もいます。あの人に任せておけば大体大丈夫という人(笑)。逆にそういうことがどうも苦手だという人もいます。しかし、それは生まれつきの能力の差ではありません。かなりの部分は埋めることができます。ところがこれまでは体系立ててそういう教育をしているところはありませんでした。だから我々はそれを提供していかなければなりません。あらゆる相手を想定した、体系的教育の方法があると思います。そういう基礎的な能力を付けていけば、行政やNPOの能力も全体的に上がります。ですから、そういうことを提供できるプレゼンテーション、コミュニケーションについてのカリキュラムは非常に大切なことだと考えています。

司会 それでは話を移します。公共政策大学院には三つの学部から先生を招いています。また、個別のテーマで全国の大学から一線級の講師をお招きしています。さらに、実務家教員も、例えば、政策投資銀行の支店長であった石井先生が経済政策論を、厚生労働省から芝田先生が来られて現代社会保障論を、経済産業省からは倉田先生が産業エネルギー政策についての講義を担当されています。また、株式会社セコムの取締役最高顧問である飯田亮氏、元経済企画庁長官の田中秀征氏ら、各界の一線級の講師が授業を展開しているのが特徴です。そこで宮脇先生、こうした方々に集まっていただくにあたってご留意されたことがあればお話しください。

宮脇 豊富な経験を持つ実務家教員、そういう方々にたくさん来ていただくのは、議論と実践を重ね合わせていくということが目的ですけれども、そのためにどういう戦略を持ったか。まず技術的なフィールドを持った方。具体的例で言いますと、先程ご紹介がありました倉田先生は、技術関係のイノベーションですとか産業エネルギーということに精通しており、また国土交通省出身の栢原先生は、技術系のトップとして、公共事業について幅広く考えておられる方です。このように、実際に中央省庁で政策を展開するにあたって、技術は柱ではあるけれど、広い視野から政策づくりを展開されてきた方々をお招きしました。また、石井先生は、技術や公共事業という区分けに関係なく「地域」という視点からものごとを考えておられます。石先生はまさしく外交官です。外から日本を見る、逆に日本から外との関係を見るという視点を提供して下さっています。また、飯田最高顧問はまさに日本を代表する警備会社という企業を設立しただけでなく、新しいビジネス分野を創造された方です。

いろいろな視点をできるだけ多く持つ、そういう実務経験を持つ方々を多方面からお招きしたいと思い、この二年間は多くの方にお会いし、話を聞いていただきました。本当に様々な方々がいらっしゃいますから、学生さんは授業以外でも遠慮することなく接触していただきたいです。そして多くの刺激を受けてほしいと思います。そしていい意味で悩む。これまでの自分の経験や知識の中で悩んでいたものが、違う視点から見ることによって解決できるかもしれません。そういう刺激が大学というフィールド以外からもどんどん受けられる、そういう方々に来ていただけるように、これまで工夫を積み重ね、このほどスタートすることができました。

司会 砂田君はどのよう科目に関心がありますか。

砂田 まず、1つが全分野に共通する問題に関する科目です。ベースとなる政策とはいったい何か、ということを考えるところからスタートすると思うのですが、先程宮脇先生がおっしゃられたように様々な経済政策、金融政策などの中に共通するOSとなる政策というものへの認識を皆さんが持ち、その上で議論すると面白いのでは、と考えています。また、教員の方々の経歴や開講科目を見てもわかるように、様々な分野の講義が用意されており、そのことから公共政策というのは行政内部で完結すればいいわけではない、というのは明らかです。公共政策とは行政の独占術ではなくて、民間企業や家庭も関与し、それをうまく循環させていくものだと思います。そういったことから、これらの展開科目の中で、これまで触れてこなかった分野についても触れてみたいと思います。例えば環境技術政策や環境リスク論は我々文系の人間にはそれほど深く立ち入る領域ではありません。環境リスク論と聞いても、漠然としたイメージしか持つことができません。また国際政策についてもある程度までの講義はありますけれど、立ち入ったことはできませんでした。そういう講義をうまく利用して、単に北海道の自治体のみを見るのではなく、その自治体を取り巻く環境についても一緒に勉強できればと考えています。また、これは講義を受けた感想なのですが、まだ基礎を学ぶ段階なので仕方がないとは思いますが、大講堂での授業はさすがにゼミ方式ではないということを感じました。

宮脇 そうですね。「前提科目」となると人数が多くなってしまいます。大学院なので本当はゼミ方式で互いに議論して、ということが必要になるのでしょうけれど、議論するための共通のフィールドをつくりましょうということを目的としている「前提科目」では、やむを得ず授業形式になってしまいます。我々教員も、前提科目であったとしても、双方向での質疑ができるよう、次の事例研究などにつなげていけるような講義の仕方なり展開の仕方を、これからもっと工夫していかなければなりません。それは我々も問題意識として感じています。

砂田 ゼミ方式ではないと先程申し上げましたが、では、学部の講義と同じかと聞かれるとそれは当然違います。たとえば、これまで法学部の学部生の中では、質問によって授業が止まることがなんとなくよくないというような雰囲気がありました。今回の公共政策大学院の中で少し違うな、と思ったのは、社会人の方々がいることによってそれがかなり軽減されているということです。社会人の皆さんは、疑問に思ったらすぐ発言をします。それにより議論が深まり、様々な知識を吸収できるという利点もあると思います。

司会 また、多くの科目でレポートを課しており、学生さんの主体的な学習姿勢を求めています。滝口さんはどのような授業に関心を持ちましたか?

滝口 そうですね、私はマスコミ志望なので、現役記者である北海道新聞の宮口先生の授業に関心があります。昨年の後期に宮本融先生の国際政治経済入門を履修しましたので、環境系の石先生の授業ですとか、環境技術系の授業にも興味を持ちました。

司会 公共政策大学院では、皆さんの関心ある問題領域に対して、多くの科目を提供できるよう、幅広い科目が展開されているのではないかと思います。

宮脇 場合によっては、少人数の科目では、予習などの負担が大変かもしれませんが、こうした機会に、どんどん知識を吸収することが可能であると思います。一部には大部屋の講義方式がありますけれど、これから後期、二年目になったときには、相当様変わりすると思いますので、活用していただければと思います。

司会 では次に、進路についての話に移りたいと思います。

砂田 公共政策大学院の特徴であるエクスターンシップという制度趣旨を見ると、官民連携を実現し、公共政策を実現しよう、とありますが、注目すべき所は単に官だけでなく民へのエクスターンシップもあるということです。このように、官と民へのエクスターンシップを用意することにより、どのような人材を育成しようとしているということをお聞かせいただければと思います。

宮脇 端的に言うと、官と民というのを区別しないということです。行政だからこう、民間だからこう、という区別は楽です。それはある意味、行政の人は民間をよく見ていない、逆に民間は行政を見ていないという状況を生みます。特に学部から入ってこられた学生さんには、ぜひ機会があれば両方を見て欲しいということがあります。そうすると、本当に官と民は分ける必要があるのか、あるいは官と民は違うけれど、何か共通点があるのではないか。特にこれからはNPOだとかパートナーシップ、あるいは行政だけではできないことを民間にお願いするという民間化というツールがいろいろと議論されているんですけど、そういうものが本当に動くにはどうしたらいいのかと考える時には両方を見なければなりません。行政においても官と民両方を動かしていく、共同していける制度をどうやってつくっていけばいいのかということを考える場合、行政のことだけを知っていても動かせません。 やはりエクスターンシップを通じて、そうした行政とか民間というフィールドは一体どういうものなんだということを肌で感じてもらう。勿論数週間でそれをやることは不可能です。ただ、どんなものなんだということはいくら本だけ読んでもわからないということはあります。実際に行ってみてその空気を吸うということで、なんとなくわかるはずです。海外留学もそうです。一定期間向こうに行ってみて、初めてその雰囲気がわかるということはあります。そういう機会は可能な限り提供していきたいと思っています。

砂田 私がエクスターン先の希望として最初のアンケートで答えたのは、道内の基礎自治体です。やはり自分の原点は基礎自治体の自治に関心を持ち、そこから公共政策大学院に来よう、公共政策には何が必要なのかということを勉強しようと思いました。ですから基礎自治体へ行きたいと思います。ただ、今のお話し、あるいは他の先生方にも言われているのですか、民間も見なければいけないというのは確かにあると思います。

宮脇 アンケートの結果を見ると、基礎自治体に行きたいというのは少数派です。圧倒的に霞ヶ関が多いです。中央政府で政策づくりに携わることは重要ですが、一方で、これからのもう一つの柱は基礎自治体です。砂田君は今、民を見たいとおっしゃいましたけれど、民というのは住民も含むし地域の企業、NPOも含むわけです。そういうものとダイレクトに接していける一番の近道は基礎自治体です。ですからそういう基礎自治体に行って、その生活の中に入り込んで、「この地域はどうしていけばいいのだろう」と考えることで政策能力も付いていきます。私はそういう基礎自治体から迫っていくというのも、一つの方法だと思います。まさに民を見ることにもなると思います。

司会 滝口さんは先程マスコミに関心があるとおっしゃっていましたが、進路という観点から公共政策大学院について質問があればお願いします。

滝口 私は新聞社に興味があります。三年の八月に、一週間北海道新聞でインターンシップを経験させていただき、ますます行きたくなりました。公共政策大学院は公務員志望の方が多いと思いますが、同じ政策に関わるという意味ではマスコミも同じだと思うんです。政策について疑問や批判を取り上げていくのがメディアの役割だと思うので、一緒に学ぶ中で双方向の議論ができる場だと期待しています。

宮脇 その通りです。今新聞の世界の中で議論され始めていることに、自分達である程度政策を議論できる体力を、編集や記者が持っていかなければならないのではないかということがあります。確かに新しい情報は得られるかもしれない。しかし、そういうものを単に流していくだけではなく、自分達として、「政策」としてどう考えるのか、そういう視点を提供していくべきではないかというのが、大きな議論になっています。特に新聞という世界はテレビと違ってそうした面があります。例えばテレビには解説委員はいますが論説委員がいません。余談ですが、実は放送法上の制約です。新聞よりも公共性が高いという位置付けになっています。これがいいか悪いかは別として、そういう理由で論説委員がいない。新聞はそうではなく、より論じていかなくてはいけないということで論説委員がいます。論じるためには、委員が記者の時代から「政策」とは何かということをきちっと考え、あらゆる視点から見抜いていかねばなりません。しかも日本には記者クラブ制というのがあります。記者クラブがあるから、「抜いた抜かれた」というレベルの話になってしまって、付加価値が付きにくい。付加価値を付けるためには、情報の製造業者である新聞がどうやって「政策」を考える視点を持てるのかというのが非常に重要なところです。ですからマスコミの世界はこれから競争が激しくなりますし、「政策」を考えていける能力は非常に求められると思います。いや、すでに求められています。

司会 先程アンケートのお話しが出てきましたけれど、民間企業についてはどういう関心を持っている学生さんがいるのですか。

宮脇 二つの大きなパターンを説明しますと、我々の工学系の学生で特に多いのは建設、土木系です。これらは公共事業の請負業というイメージが非常に強いのですが、最近は単なる請負業ではなくなってきて、自分達で公共事業をどんどん提案し、ただ物を作るのではなく管理・運営もしていこうという、まさに公共物件から公共サービスを提供していくことを一体としてやっていこうという、これはPFIというやり方ですが、そういうものが少しずつ増えてきています。これまでの建設・土木業ではなくなってきました。我々教授陣の一人に眞柄先生という水道事業の権威の方がいらっしゃいます。まさに水道事業などはそうです。フランスでは、水は大切な資源として多面的に活用しています。日本の水道事業は行政がほぼ独占的にやってきました。それによっていい面もありますが、なかなか進化しない面もあります。そこで、民間の力を借りてどんどん進化させていきましょうとなってきますと、単に技術力を上げていくだけでなく、その技術力を使って事業経営をしたり公共サービスを提供していくことが必要なんです。そういうものをコーディネートする力が必要になってきます。

例えば教育施設を作ろうという場合、これまでだと建物を作って終わりでした。しかしこれからは、その施設からどういう教育サービスを提供しますかということも一緒に考えねばならない。そうすると、教育のノウハウを持った企業と連携しなければなりません。従来の行政とのパートナーシップではなく、異業種との連携を取らなければいけないわけです。

もう一つ。パートナーシップとは民間の知恵をどんどん行政に持ち込み活用するということですが、活用するのはいいけれど、民間が発想したものが全て行政の所有権になったら、それは困ります。インセンティブが起きない。行政に、公共サービスとしては提供するけれど、もう少し自分達で自由に使わせてほしいと当然思います。そうなってくると、知的財産権のあり方も少し変えていかなければならないわけです。日本はそういう法整備がまだまだ未成熟です。そうすると、地方自治体の条例である程度それを整備する。行政も民間のことを踏まえて、国の法律では対応していないところを地方の条例でつくり上げていかなければいけないわけです。まさに立法作業です。一方でそういうチャレンジも必要になってきます。いろいろな垣根を取り払ったパートナーシップが必要なんだ、というのが実態ではないでしょうか。

砂田 価値を一つひとつ縦で割るのではなく、横断的にしなければならないということですよね。

宮脇 そうなんです。そういう視点から、一度見直してみようということなんです。非常に多くの具体的な事例があって非常に面白いですよ。ですから、「事例研究」などでは、どんどん驚いてほしいですね(笑)。「そういうこともあるんだ」ということを発見し、単にそれを批判するのではなく、これからの新しい仕組みにどう結び付けていくのかという知恵を出して実践するという能力を伸ばすことを期待します。

司会 それでは次に、受験についてということでお聞きしたいのですけれど、砂田君の場合、受験の際にはどういう勉強をしていたかということを振り返っていただけますか。

砂田 私が公共政策大学院の設立を知ったのは去年の四月でした。そのときは何も決めていませんでしたが、説明会に何度も出席するうちにどんどん関心を持つようになっていきました。それから試験内容、試験範囲が少しずつ発表されていき、勉強を始めたのが大体九月ぐらいです。私が取ろうと思ったのは政治学と行政学、そして行政法ですね。政治学と行政学はこれまでの下地があり、何とかなるかなと思いながら勉強していました。学習内容としては大体、学部時代に使用した専門、基本書を読んで、それを確実に自分の身に付けていきました。試験において必要なことは、基礎的知識を蓄えておくということです。あとはその基本的知識を自分の言葉で表現する能力も育てておく必要があると思います。

司会 奇をてらうような問題を出したり、特殊なな能力を求めているわけではありません。大学院で学ぶために必要となる基本的な学力を試すのが、試験の特徴です。滝口さん、質問や疑問点は何かありますか?

滝口 勉強方法は今うかがったとおり、学部の授業のものを中心にやっていけば大丈夫なのかなと思いました。面接は心配ですが、文献などを読んで自分の中にしっかりした計画を立てなければいけないと思いました。

砂田 一番独特だと思ったのは学習計画書です。滝口さんはこれについて何かご存知ですか?

滝口 二年間でどういうことをするかということですよね。

砂田 そうです。それをどこまで具体的に書けばいいのか少々迷いながらも書いてみました。

宮脇 まず試験そのものについては、すでに一年目は実施していますので、五月には昨年度の出題内容がホームページ上などで見られるようになります。それを見ていただければ、どういった傾向なのかというのがわかりますし、来年度入学の方々の入試についても、どういう範囲でということも提示していきますので、そういうものを見ていただいて準備していただければそれほど問題はないと思います。 あと学習計画なんですけれども、確かに明確な問題意識を持ち、それに対してどうしていこうという整理の仕方も必要だと思います。今はまだ入学前ですから、もちろん完成している必要はありません。問題意識のあり方と、それに対してある程度論理的な考え方をしているかどうかという思考力のようなところが重要だと思います。しかしそればかり意識する必要は無くて、ある意味、悩んでいる問題意識を明確にすることも必要です。いろいろなことにチャレンジして悩みたい。悩みたいというチャレンジ意識を持っていれば、私はいいと思っています。

必ず問題意識を持っている場合、あるいは問題を掘り起こそう、発掘しようというときに、何かきっかけになるような「本」というのはしっかり持っていてほしいです。面接をしていると、問題意識があってもその「本」が無いという場合があります。ただ雑多なものから漠然と問題意識を持っているだけで、そうすると、自分がこれから研究や勉強をしていくときに立つべき土壌が無い。極端に言って一冊の本でもいい。だけど私はこの本を徹底的に追求していくんだという姿勢、あるいはその「本」をきっかけに別の本に発展させる。そういう「本」は聞かれたときにあったほうがいいという気がします。

司会 基本的に我々の公共政策大学院は、他大学の社会人大学院と違って平日の夜間や土日は講義を行っていません。その意味では職業を持っていて、公共政策大学院に関心があってもなかなか履修が困難と思っている方々もいるかもしれません。そういう方々に対して、宮脇先生からメッセージをいただければと思うのですが。

宮脇 確かに我々の公共政策大学院というのは地域、社会、実務との間のプラットフォームになりたいと思っています。ですから社会人の方々が働きながら通ってもらうということに関しては、今のところで言うと制約があります。ただそういう中でも、まず第一段階としていろいろな選択肢を置いています。例えば、本当に時間的なやりくりをしなければならないというのは、実は一年目なんです。前提科目とか基礎を学ぶときには、どうしても多くの学生さんに集まってもらって授業を展開し、ゼミを展開しなければなりませんから時間的な制約を受けてしまいます。そうすると、そういうときにお休みを取っていただくとか、なんらかの休業制度をつかっていただくというやり方でないと来られないということはありますけれども、一年の後期や二年目に入ってくると論文を書いたり、場合によっては教員と一対一で指導を受けるという状況になってきますから、比較的時間の制約に対して柔軟性を持てるようになります。あるいは長期履修という制度がありまして、通常は二年間ですが、それだとやはり難しい、そういう場合には最大四年間かけてじっくり勉強しましょうと。そうすると一年目でも週に三日も四日もというわけではなく一日、一日半というところで時間を作っていただいて授業を受けていただける制度があります。ちなみに長期履修は二年分の授業料で四年間の在籍が可能です。

確かに遅い時間や土日に広げていかなければならないという問題意識は持っていますが、公共政策大学院というのは幅広い社会人や実務家教員に来ていただき、いろいろな人がネットワークを組んで勉強し、研究していく場です。ですから単に授業やゼミを受け、職場に帰っていけばいいというものではないと思っています。学生は学生で学部から上がってきた、それなりの知識を持っている。そして社会人は社会人で持っている。経験等をぶつけ合ってほしいんです。いろいろな角度で議論しながらそれを育てていき、そこへ教員が入っていき、ある意味触媒的な役割をします。単に授業を聞くだけで、それが文理融合や実務や理論の中で公共政策が形成できるのかというと、残念ながら我々はそれだけでないと思っています。社会人の方々ができるだけきやすい環境をつくりながらも授業だけではなく議論する場をつくる、我々としては踏まえていかなければいけない一線だと思っています。

司会 先生から説明があった長期履修制度の他、逆に休みが取れる人であれば、一年間で修了できるという一年修了コースという制度も社会人用に設けられていますので、多くの方々にも幅広く関心を持っていただければと思っています。それでは最後に、皆様に感想やこれからの抱負などを一言づつお願いいたします。

滝口 これまで漠然としかイメージしていなかった「政策」をどう扱うかということや、「事例研究」ですとか社会人と学生がどう関わっていくかということについて、とても参考になりました。ありがとうございました。

砂田 今日の座談会でのお話しを聞いて、宮脇先生はじめ公共政策大学院の設立に関わった方々の意気込みを感じました(笑)。我々もそれに応えるということで、院生同士も協力して公共政策大学院をつくり上げていかなければならないという使命感と、また参加することができる喜びを1人1人が感じています。

宮脇 四月に実際、授業やゼミをやってみて、やっばり違うなと思うんです。我々教員も本当に刺激を受けます。それは学部から来た方々からも社会人の皆さんからも同じく刺激を受けます。そういうものをどういう形で結びつける役割ができるのか。これまでの教員というと、自分達が知識を提供していくんだという場合がどうしても多かったと思います。ここでは教員も勉強するために触媒に、つなぎ手になっていく。そして学生も単なるお客さんではなくて、公共政策というのはこれから開拓していかなければいけない分野なので、自分達で造っていくんだという意識でやってみると本当に面白い場所だと思います。数ある大学の中でも魅力のある大学院だと思いますので、ぜひチャレンジしていただきたいと思います。

司会 本日はどうもありがとうございました。

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