樋渡 雅人(北海道大学公共政策大学院准教授)


私が初めてウズベキスタンを訪れたのは、まだ私が大学3年生だった頃、今から10年以上も前のことになる。当時、この中央アジアの一国は、ソ連からの独立と体制転換に伴った経済的混迷から未だに脱し切れておらず、多くの人々の生活は依然として非常に厳しいように見受けられた。しかし、その中でも、ひたむきに強く明るく生き抜く人々の姿は、私に鮮烈な印象を与えたのを覚えている。

大学院に進学し、途上国や移行国の経済発展について学ぶ中、もう一度、同国を訪れたいと思うようになった。経済発展とは何なのかを考える時、人々の生活の中にこそ、そのヒントがあると思ったからである。フィールドワークを通して、現地の人々との関わりを深める中、一見、計画経済の遺産ばかりが目に付く同国にあっても、家計の生存戦略の根底には、血縁・地縁やその他の慣習的な結びつきを通した様々な互酬的な経済活動が存在し、人々は相互に依存しあって生活を営んでいることに気付かされた。このような「慣習経済」の機能と経済発展におけるその役割を明らかにすることは、それ以来、私の研究テーマとなっている。


先日、ウズベキスタンの地方の農村から、二組の年配の夫婦が東京を訪れた。私の結婚式に参加するために、遥々海を越えて駆けつけてくれたのだ。調査村において、いつも私を息子扱いしてくれた私の「ウズベクの母」は、初めての海外旅行であったにもかかわらず、堂々とした祝福のスピーチを残していった。人間関係の絆を大切にする彼らの生き方に改めて感銘を受けるとともに、これまでも散々お世話になった彼らに対して感謝してもしきれない気持ちで一杯になった。


研究は一人でなし得るものではない。とくにフィールドワークは、現地の人々との信頼関係なくして進めることはできない。私も、これまで数え切れない人々のお世話になってきた。加えて、研究を一過性のもので終わらせず、継続して発展させてゆこうとすれば、さらなる困難を伴うものである。しかし、その分、報酬も大きいのだろう。年月をかけて培った人間関係は一生の財産となる。皆さんも、機会を見つけてフィールドワークに出かけてみてはいかがだろうか?


生沼 裕(北海道大学公共政策大学院教授)

毎年のことだが、大学では、年末から新年にかけて、次年度の担当授業のシラバスづくりが本格化し、併せて使用する教科書や参考図書を選定しなければならない時期となる。

そこで今回は、24年度、私が大学で担当する地方自治関連の授業で教科書等として使わせて頂こうと考えている図書のうち、地方自治全般を網羅的に解説している入門書・教科書としてお奨めしたい3冊をご紹介したいと思う。

まず、一冊目は、稲継裕昭著『地方自治入門 (有斐閣コンパクト)』(有斐閣、2011年、1,890円)である。

学校、警察、消防など,私たちの日常生活に密接なかかわりをもつ地方自治について、イラストやコラムを交え、コンパクトかつ平易な文章で解説している。おもしろいのは、各章の冒頭に登場する架空の県知事・鷲本さん(誰かモデルが実在しそうではあるが)を主人公に、 架空のP県で起こるさまざまな課題について、物語風に読めるよう工夫が凝らされている点である。地方自治の要点をわかりやすく、楽しく学べる入門書であろう。

二冊目は、礒崎初仁・金井利之・伊藤正次著『ホーンブック 地方自治(改訂版)』(北樹出版、2011年、2,835円) である。

本書は気鋭の3人の学者の共著(分担執筆)であり、大学の授業などにおいて教科書等として広く活用されている著作の改訂版である。本書の特徴は、地方自治の制度的な枠組みを示すのみならず、その政策や組織などについても、実態に即した解説がなされている点にある。政策論としては、まちづくりと公共事業、環境政策、産業政策、福祉政策、教育政策など、管理論としては、組織管理、財政運営、人事管理などに多くの紙面が割かれている。また、随所に「コラム」やフィクションをも含んでいる「地方自治小話」が挿入されており、読み手に地方自治の現実を深く、おもしろく考えてもらうような工夫が施されている。

最後、三冊目は、村松岐夫編著『テキストブック地方自治 第2版』(東洋経済新報社、2010年、2,940円)である。

本書は、10名の専門家が分担執筆しており、二冊目の『ホーンブック 地方自治(改訂版)』と同様、制度を論じるのみならず、教育、福祉などの個別分野についても、詳しく解説されている。また、これまで蓄積された地方自治研究を広く引用し、学術的な知見が各所で紹介されており、専門性の高いテキストとなっている。

なお、これらの図書は、地方自治の入門書や教科書として位置づけられているが、近刊であるため、地方自治をめぐる最新の動向なども網羅されており、また、法制度論のみならず、政策論や経営論にまで言及しており、地方自治に関する網羅的な知識の整理に大いに役立つものと考える。また、それぞれ、各章ごとに、参考文献やコメント付きの文献案内などが掲載されており、より深い知識を習得したい者に対する心配りが施されている。初学者はもちろん、中堅以上の自治体職員などにも、是非一度目を通してもらいたい、お奨めの本である。

【全国市町村国際文化研修所・機関誌「国際文化研修」75号に掲載】

安部由起子(公共政策大学院教授)

公共政策大学院には、2年間大変お世話になった。学生の皆さん、および先生方から多くの刺激を受けた。心より感謝申し上げる。

さて、コラムである。日ごろから感じていること、かつ、いまこの書いている瞬間に感じていることを書いてみる。

よい文章を書くことは難しいことだ。私も、英語の文章を書くのには今でも、本当に苦労する。日本語は母国語であるから、英語よりは相当に気楽ではある。気楽であるから、このコラムもいわば気楽に書いている(論文を書く場合と比べれば、という意味で)。しかし以下に書くように、それには問題がないわけではない。

文章をどう書くのか、ということを、つい最近までそれほど科学的に考えたことはなかった。上述のように私は、英語の文章を書く技能は高くなくとも、英語論文を書いてはいる。英語は英語の専門家に見てもらい、彼ら・彼女らのアドバイスにしたがって直してきた。私は、それらを通じて英文法やことばの使い方を勉強してきた。もちろん、「マニュアル」的なものも2つか3つは読んだが、それだけであった。

ここ数年、学生に「書くこと」を教えようと考えるようになり、そのために文章法の本をいくつか読んだ。日本語の場合、それまでは自分のフィーリングで書いていてたいした支障はなかったから、文章法の本は自分としてはあまり必要としていなかったのだが、フィーリングは学生には伝えられない。そこで文章法の本を見たわけだ。そうすると、いろんなことが見えてきた。

私の苦手とする英語の文章法についても、いくつも本を読んだ。それらの中には、目から鱗の落ちるようなこともいくつもあった。以下、そのうちの2例を紹介する。

その1。英語の1文があれば、その最初の単語7-8語はこのように構成すべきである、といった、非常に細かいことまで書いてある本まで存在していた。(Williams, J. and G. Colomb, Style: Lessons in Clarity and Grace, 10th edition, Pearson Education, Inc., 2010)

その2。よい文章は、文章の「リズム」、「音」も、きちんとしていなければならないとのことである。文章は「目で読む」ものであったとしても、読み手は音を感じながら読むのだそうである。そして、その意味で文章をよくするためには、書いたものを音読して推敲するとよいのだそうだ。(Zinsser, W. On Writing Well, 30th Anniversary Edition, HarperCollins, 2006)

つまり、よい文章を書くには相当の労働を要するということだ。なるほど、ここまでシステマティックにやれば、もって生まれた語学的才能(外国語学修の才能)がたいしたことはなくても、ある程度の文章は書けるのだろうと思える。

さて、多くの文章法の本に共通する最重要のメッセージは何か?英語・日本語を問わず、どの文章法の本・マニュアルでも共通して書かれているのが、

(1)文章は推敲が必要である(rewriting)。

(2)よい文章を書くのは、専門家にとっても難しい。

ということだ。

このことを踏まえて学生に文章法を指導するにあたり、必要なことは、学生に原稿を早い時点で提出させ、それを何度も何度も書き直させることだ。ところが、これがなかなかうまくいかない。学生は、最終提出期限(論文提出日)はきちんと認識しているものの、その前の時点で、コンテンツをかなり完成させた状態で、文章のみを直す時間が必要というふうには、とらえないようだ。最後までコンテンツ(計算、資料収集、その他)を充実させるのに時間を使っている。中途に提出期限を設けても、そのときに提出されるものは、コンテンツが完成していない(たとえば、結論を書いていない)ものになってしまう。それでは、文章の訓練はなかなかできない。

とくに問題なのは、書かれる内容の一番重要な部分(結論)が書かれないまま、教員としてコメントする場合、細かい表現上の問題(誤字や言い回し)は直せても、論文の構成まで直すことができないことだ。これはたとえていうと、怪我をして手術が必要な骨折をした場合に、骨折の治療はせずに、皮膚の表面の擦り傷にばんそうこうを貼っているようなものだ(この比喩は、文末に挙げているZinnser (1988)に書かれていることを参考に、筆者なりに考えたものである)。そのようなかたちで作業をしていると、教員からの指示や示唆で大幅かつ重要な修正をおこなう部分は少なくなり、最終的な生産物(論文)は、個々の学生がもっていた、構成力に関する技量に依存したものになってしまう。なかなかに悩ましい問題である。

さて、文章は何度も直さないとよくならない。このコラムの文章を私は何回直すか?その回数はそれほど多くはない。書き手・教員としてよいことではないが、諸事情によりそうなってしまう。ひとつの事情は、学生の書いたレポートを直す時間がほしいことだ(今これを書いている瞬間でも、文章法をチェックするべき学生のレポート等が5本ほどある)。こんなことを書かなくてもよいのだが、とはいえこれは事実であるとともに、ここで書いていることと密接にかかわっている。

総じて、学生の皆さんへのメッセージは、

文章は何度も直そう!

ということである。

ついでに、以下の本は、いずれもとても有益なので、ぜひ読むことをお薦めしたい(これらは経済学を対象としたものではなく、一般的な文章法の本である)。

野口悠紀雄 『「超」文章法』 中公新書 2002年
Zinsser, William. 1988. Writing to Learn. Harper.
Zinsser, William. 2006. On Writing Well, 30th Anniversary Edition: The Classic Guide to Writing Nonfiction. HarperCollins.

萩原 亨(公共政策大学院教授)


長崎EV&ITSプロジェクト(平成21年度から)によって、上五島と下五島に三菱自動車のi-MiEV(軽の電気自動車)がレンタカーとして100台程度、導入されています。五島という地名を聞かされて、具体的にその地域を知っている方は少ないでしょう。大小140の島があり、総面積が沖縄本島の半分程度、長崎港から100km離れています。歴史は古く、大陸と日本の中継基地の役割を古代から担ってきた地域です。隠れキリシタンあるいは釣りの名所で知られていますし、最近では映画「悪人」のロケ地になっています。五島という九州の離島でなぜ電気自動車なの?電気自動車をレンタカーに使えるの?しかも、100台?ということに興味を持ち、メタボ男性4名で実際に行ってきました。予想外に、i-MiEVは、非常に運転しやすく、ほとんど平地のない五島での移動手段として快適でした。電気自動車は使えないという事前の思い込みは、完全に誤りでした。

五島列島の道路は、リアス式海岸線の斜面に沿っています。狭いだけでなく、急勾配や急カーブが連続します。i-MiEVは、動力性能が高く、急勾配でも容易に登れました。電車のようなキューンという音による加速は、とても心地のよいものでした。ほとんど無音で、加速されるからかもしれません。三菱のi(アイ、軽自動車)より圧倒的に加速力はあると思います(iを使われている方、ごめんなさい)。この心地よさを求めて加速を繰り返すと残電気量が急減するので、何度もできないのが残念でした。また、以外なことに操縦安定性に優れていました。連続カーブであっても車体が過大にヨーイングしませんでした。酔いやすい筆者が助手席に乗っていても、ほとんど酔いを感じませんでした。RR(リアエンジン、リア駆動)と重心の低さが影響しているようです。電気自動車はモーターと駆動部がガソリンエンジンに比べてコンパクトです。ガソリンエンジン車に比べて駆動装置の配置に自由度があり、理想的な位置に重いモーターを配置できるメリットを使っているようです。ところで、坂を下るときエンジンブレーキを使いないさいという教習を受けた方も多いと思います。i-MiEVには「Bモード」という充電するモードがあります。これが、充電のためモーターを逆回転させるため、適度なエンジンブレーキとなります。急坂を下るときにブレーキを踏まなくてよく、運転を容易にしてくれました。斜面を頻繁に上下するので、この装置は非常に便利でした。あと、エンジン音がないため、軽であっても室内での会話が聞き取り易く、会話が弾みやすかったのも旅行者にとって好感を持てました。


マイナス面は、電気自動車のため走行距離100km程度で充電を強いられたことです。メタボな男性4名乗車の影響はあったと思いますが、やはり走行距離は短いと言えました。ただ、五島のような小さい島では、走行距離が短いことはそれほど短所にはなりませんでした。道路の線形が悪いことから旅行速度が低く、100kmを走行するのに3時間近くかかるためです。しかし、走行距離を考えてうまく旅程を立てることが大切となります。このマイナスを埋めるのが、長崎EV&ITSプロジェクトのITSです。ITSをご存じでしょうか。ETCがその仲間です。正確には、Intelligent Transportation (ヨーロッパではTransport) Systems の頭文字をもったものです。ちょっとウンチクを披露すると、Transportationをヨーロッパで使わないのは、罪人の島流しを意味するからです。ITSは、情報を交通運輸に取り入れることで、安全かつ効率的なシステムにすることを目的としています。話を元に戻すと、長崎EV&ITSプロジェクトではEVのみではなく、走行距離の短さをITSで補完することを考えています。レンタカーとして使っているi-MiEVは、通信機能の入った最新式のITS車載器を搭載しています。観光ポイントをプッシュ型(分かるかな?)で走行中に情報提供したり、急速充電器までの距離を示したりします。今回のプロジェクトの売りは、見たい観光ポイントを選択すると走行距離と急速充電装置(ガススタンドに相当)の場所とを踏まえたドライブコースを自動的に作成してくれるシステムです。メタボな4名は、食欲が旺盛なことに加えITに強く、これらのシステムを駆使し、食事中に充電できる理想的なルートを瞬時にセットしました。このシステムによって、昼食時間中や打ち合わせ中に充電することで、メタボ4名の乗車でしたが、名物(食事)を断念することなく旅行を終えることができました。ただ、暖房は少し困難かもしれません。3月にもかかわらず気温が低く、やせがまんを強いられました。


五島旅の中で最も印象的だった五島の良さは、人のやさしさでした。観光地に行くと、マニュアル型の形式的な対応を受けることが多くなります。五島では、いろいろな所でたくさんの人と会話しました。いずれの方も気取らず自然体でお話を聞くことができました。このような経験はいままでになかったものです。たとえば、レンタカー店で、こんなものを食べたいと会話をしていたら、その店に来ていた地元の方がたいへん真剣に店を探してくれたのも印象的でした。こちらが食いしん坊に見えたのか、多忙にもかかわらず、その後もレストランなどを電話で連絡してくださいました。このような方と話をしているうちに、清貧という言葉を思い浮かべました。物質的な豊かさの中で忘れてしまったものがこの島には残っていると思わせるものがありました。また、きれいな女性が、多かったのもの印象に残りました。若干の懸念は、女性の方がやり手のようで、旦那は指示される側という印象でした。

最近経験した、少し面白いクルマの良さを生かし事例をここで紹介してきました。クルマ利用は、その利便性と魅力から、瞬く間に世界を覆いつくしました。現在も経済的に成長している国々ではその威力が衰えていません。1920年前後からクルマ社会を築き、それを確固たるものにしたのが米国です。人々がクルマの持つ便利さと魅力から、クルマ社会を是とし、進展させてきました。時間に縛られなくどこにでも行けるクルマの魅力を人は捨てることは「ない」というのが根底にあると言えます。しかし、多くの国と地域でクルマ社会の安全とエネルギーという課題に真剣に取り組む姿勢が見え始めています。米国ではコンプリートストリート、ヨーロッパではシェアドスペースと呼ばれる人とクルマが対等な立場となる道路を実現しようという動きが出ています。もちろん、クルマがなくなるわけではないし、使われなくなることはありえません。現在のような、なにがなんでもクルマというような状況ではなくなるのではないかと思えます。クルマの良さと悪さを使い分け、自由に移動を楽しむ方法を人々が選ぶ時代が近くなっているように思えます。五島での長崎EV&ITSプロジェクトも、五島という地域特性を背景とした新たなクルマ利用の提案です。皆様、日本・世界を旅して、いろんな先端アイデアに触れてください。いままで思いもよらなかった世界観を広げる扉になります。

中山 厚(公共政策大学院教授)


今や日本中でTPPの議論が盛んになっている。特に農業の市場開放の影響の大きいここ北海道においては、産業界も含め反対論が主流のようである。管首相はTPPへの参加を「平成の開国」と称して、わが国の国の在り方を変えることととらえている。あたかも明治維新、太平洋戦争後に並ぶ3回目の大きな変革であり、自らを坂本龍馬になぞらえておられるのであろう。

しかしながら、約4半世紀前、市場開放の「アクションプログラム」に携わった小生からすると「開国」とは理解に苦しむところである。1980年代アメリカは産業競争力の低下により貿易赤字が膨れ上がり、保護主義が台頭してきていた。国際的に悪名高き米通商法301条はじめ、アンチダンピング関税などが多用・濫用された。そのおかげで、わが国も産業界からアンチダンピング制度導入を求められ、小生がその草案を作成したのはなつかしい思い出である。これらは、建前は自由貿易の枠内ながら、本音は国内産業を保護するため、相手国の国内慣行等を不公正として、自国の貿易制限措置を正当化したうえで、発動するものである。何ともアメリカらしいやり方である。役人として、自由貿易の盟主である立場と手の付けられない貿易赤字というジレンマに苦しむアメリカの事情に同情したものである。こうした実質的な保護主義を抑えるため、アメリカは当時最大の対米黒字国であったわが国に市場開放を求め、わが国もこれを受け入れ、積極的な関税引き下げ・輸入制限の撤廃を行った。農産品と、極めて政治的にセンシティブな一部工業品目を除き、個別品目ごとの内外価格差を無視した一律すなわち同率の関税引き下げを断行した。本来関税率は、内外価格差を埋めるものであることからすると、個別に検討するのが筋であり、この手法は邪道である。しかしながら、それぞれ個別事情を考慮していたのでは容易に合意できないので、各業界とも応分の負担ということで納得してもらったということである。政治的な合意形成手法としては現実的であるが、いかなる観点でどんな産業をわが国に残すとか、地域経済に与える影響とかはおよそ考慮されることはなかった。工業品については以上のとおりであるが、農産品はこれとはかなり異なる扱いであった。

この結果、工業品の関税率はその時点ですでにわが国はほぼ世界最低水準であった。国内産業が極めて限られる例外的な小国を除き、人口1千万以上の国でわが国のように低い関税の国は未だにないのではないか。農産品を含めても関税負担率で2%程度であることから、中曽根総理には国際会議で、「先進国中最低の関税率」と堂々と述べてもらい、他国から異論も受けていない。わが国はアクションプログラムはじめ幾多の取り組みを経て、関税、輸入制限含めた国境措置においては世界で最も市場開放の進んだ国なのである。わが国ではとかく自国を卑下する論調が盛んであるが、こうした事実に照らし、その開放度においてむしろ胸を張るべきであろう。

こう言うと、読者諸氏は、農産品はどうなのだと問うであろう。しかしながら、農産品においても、米、こんにゃく、砂糖、畜産品、乳製品など一部品目を除いて、わが国の関税率は平均で10%程度と国際的に低い水準にある。米国には劣後するものの、関税率が20%程度の欧州と比べればはるかに低くなっている。だからこそ世界最大の農産物純輸入国なのである。世界中で農産品の市場開放が求められているが、そもそも工業品と農産品の貿易ルールは同じではない。農業については、食料確保、国土保全、共同体・文化維持等々多様な観点が考慮されなければならず、到底工業品と同一のルールに服することのできるものではないからである。農業の特殊性から、いかなる農業大国、アメリカは言うに及ばず、アメリカが恐れる豪州、ブラジルにおいてすら補助金漬けとなっている。したがって国際価格がそもそも公正な市場価格より低位に抑えられ、その結果農業経営はどの国でも困難な事情を抱え、財政上もネックとなっている。農業問題は、日本だけではなくどの国も市場開放との関係で苦しんでいることを忘れてはならない。一方で、世界は増え続ける人口に農業生産が追い付かず、気候変動の影響もあり、将来的な需給ひっ迫は確実である。特に穀物は、生産量・国内消費量に比べて、貿易に回る量が極めて薄いため、旱魃等何かあると輸入量が確保できなくなる恐れがある。自国民を犠牲にしてまで食料を輸出に回す国などないのではないか、その証拠に農業大国でも何度も輸出規制をしている。しかも国際的に非難もなされていないし、しようもない。グローバル化と言っても所詮平時の話であり、最後は国境が生命線である。このような事情を考えながら農業の市場開放は検討されねばならない。

誤解のないように言っておくが、小生は農業の市場開放に反対なわけではない。食料の安定供給の観点からも、農業の競争力を強化することは必要である。内需が縮む中で、国内雇用確保の観点等から輸出が重要との立場も理解できる。そして貿易は互恵関係にあることが重要であり、貿易問題は交渉事である。自国の商品を買ってくれる国等に自国の市場をより開放するのは止められない。小生の見るところ、国際的な「自由貿易の利益」と言ったリカード的な経済理論で進める段階はもはや終わったのではないか。あとは現実には当事国同士、ブロックごとの交渉に委ねられることになろう。その際、国益を守る観点からは、個別事情が考慮可能なFTAやEPAの方がわが国には向いていると考えられる。重要関心品目以外の代替措置を提示しやすいからである。いずれにしても個別の品目をどうするかの話であり、少なくとも「開国」というような理念・総論で解決すべき問題ではないと考えるが、読者諸氏はいかがであろうか。

鈴川 晶夫(北海道大学公共政策大学院准教授)

Copula (コピュラ)とは、元々、連結(link、tie、bond)を意味するラテン語名詞です。 言語学においては、主語と述語をつなぐ連結詞のことで、英語ではbe動詞がこれにあたります。 約20年前から、copulaは統計学用語としても用いられるようになりました。 特に近年は、この単語をタイトルに含む統計学学術論文・図書が多数出版されています。 統計学におけるcopulaとは、多次元確率分布とその周辺確率分布を結び付ける関数を意味します。 言いかえれば、複数の確率分布がどのようなメカニズムで連結されて多次元確率分布が出来上がっているかを示す関数、それがcopulaです。

例えば、数学試験の成績をX、英語試験の成績をYとして、X,Yはいずれも正規分布に従うと仮定してみます。 XとYの従属性(dependence)を調べるためには、XとYのペア(X,Y)の結合分布を考えなければなりません。 XとYはいずれも1次元正規分布に従っているのだから、それらのペア(X,Y)は2次元正規分布(bivariate normal distribution)に従うと考えてよいでしょうか。 答えはNoです。 それぞれ1次元正規分布に従うXとYが、ある美しいcopula (Gaussian copulaと呼ばれる)で結合されたときのみ、ペア(X,Y)は2次元正規分布に従います。 言いかえれば、Gaussian copula以外のcopulaによってXとYを結合すれば、ペア(X,Y)の分布として2次元正規分布とは異なる結合分布が現れます。 XとYをそれぞれ個別に見たときの姿は同じであっても、ペア(X,Y)としての姿はcopulaに依存するのです。 夫婦関係においても、夫Xと妻Yがどちらも同じであっても、連結するcopulaに依存して夫婦(X,Y)としての姿が変わってくることは自然なことではないでしょうか。

古典的多次元データ解析法の多くは、多次元正規分布の仮定を基礎としています。 ある意味、ガチガチの堅苦しい仮定のうえに多次元データ解析法理論の多くが成り立っていると言っても過言ではありません。 これまで、楕円型確率分布族など、多次元正規性の仮定の緩和という方向での多次元データ解析法研究が様々行われてきました。 いま、多次元データ解析のための柔軟な統計モデルを構築する基礎理論として、copula theoryは生存時間解析、医学統計解析、金融工学、信頼性工学など様々な応用分野から注目されています。

公共政策大学院も、法学分野のスタッフ、工学分野のスタッフ、経済学分野のスタッフが連結されて文理融合の面白い組織が構成されていると思います。 日頃、私達が関わる様々な組織においても、美しさや常識にとらわれず、非正規(non-normal)なcopulaを考えてみると面白い発見があるかもしれません。 特に、変人の私は、特異(singular)なcopulaに興味をもっています。


西山 裕(公共政策大学院教授)


社会保障については、ヨーロッパの先進国と国際比較をして、日本は遅れているという議論がされることが多い。最近でも、例えば、出生率の高いフランスでは、子供のいる家庭に手厚い給付がされているのに対し、日本では、子育て家庭への手当は少ない、それが出生率の低さにつながっているといった議論がされる。

しかし、実は、比較する国の制度をよく知らないまま、日本は遅れているという固定観念によって、誤った比較をしていることが少なくない。

例えば、イギリスの国営医療制度については、かつては、イギリス国民だけでなく、外国人でも医療を受けることができ、また、日本のように患者の窓口負担もない、素晴らしい制度であり、日本もこうした制度を導入すべきといわれることが少なくなかった。確かに、その点だけをとれば、日本より優れているということもできるだろう。しかし、そうした議論をする人は、イギリスでは、病気になった時にすぐ病院で診療してもらうことができないということを知っているだろうか。イギリスでは、すべての国民は開業医であるホームドクターに登録して、病気になった時は、そのホームドクターのもとにいく。そして、そのホームドクターが、病院で専門的な治療が必要と判断して、病院に紹介してくれてはじめて、病院で診療を受けることができるが、その場合、診療を受けるまで何か月も待たされることは普通である。それは、国営医療制度の下では、病院は国営、医師も公務員であり、予算の制約を受けるため、診療を申し込んでも、順番待ちになってしまうのである。

もちろん、イギリスの医療制度が日本に比べて劣っているというのではない。前述のような優れた点がある。イギリス国民も自国の国営医療制度の誇りと愛着を持っており、あのサッチャー首相でさえ、その自由化はできなかったぐらいである。

つまり、日本の医療制度とイギリスの医療制度をよく知り、その長所と短所を正しく認識してはじめて、正しい比較をすることができるということなのである。

もう一つ例を挙げる。日本と同様、介護保険制度を導入しているドイツと日本の制度を比べて、ドイツでは利用者負担がないからサービスを受けやすいのに対し、日本では1割の利用者負担があるので、利用が抑制される、という議論がされることもある。確かに、ドイツの介護保険では利用者負担はない。しかし、それは、高齢者や家族の負担がないということではないのである。日本でもドイツでも、介護保険からの給付については、要介護度に対応して、支給限度額が設定されている。ドイツは、その限度額が日本よりも低いため、支給限度額以上のサービスを受けようとすると、全額自己負担で受給するしかないのである。また、ドイツの制度では、日本では要介護度3以上の者しか給付を受けることはできないという制約もある。そうしたことを無視して、ドイツの制度のほうが日本よりも優れているという議論は適切ではないだろう。

冒頭に掲げた子持ち家庭への給付と出生率の問題についても、児童手当の額について、日本よりもフランスのほうが高いことは事実だが、日本と同様低出生率に悩んでいるドイツの児童手当の額はフランスと遜色ない。日本のフランスとの出生率の差の理由については、単なる児童手当の額だけでなく、様々な社会経済的要因を比較して分析されるべきものなのである。

現在、日本が直面している急速な少子高齢化は、世界のどの国もこれまで経験したことがないものである。最近の社会保障をめぐる議論は、そうした状況に制度が対応できていない、という問題であり、外国より遅れているかどうかという問題ではない。むしろ、日本がどう対応するか、世界が注目している状況にある。もちろん外国の取り組みは実例として大いに参考になるものではあるが、それは遅れている日本が学ぶのではなく、その国の社会経済的背景を含め、日本自身が講ずべき施策を検討する際の材料というべきものである。

深見正仁(公共政策大学院特任教授)


1.感動の共有

私が今回の講座を企画したのは、昨年秋、富良野自然塾で行われたシニア向け研修会に参加したことがきっかけです。研修を受けてみて思ったのは、学生にも経験させてみたい、ということでした。そこで林原副塾長に相談すると、ただ体験に来るのではなく、大学の講義として単位が取れるよう企画してはどうか、そういう教育大向けコースを用意している、というご提案でした。多少の手続きは必要でしたが、中村院長のご支援も受けて「公共経営特論」として単位化することができ、今回、実施の運びとなりました。

なぜ学生にも経験させたいと思ったのか振り返ってみると、教育効果が高いといった教育者としての判断ではなかったと思います。まさに倉本先生を始め多くの講師の方がおっしゃったように「学生と感動を共有してみたかった」のでしょう。そう思います。

もっとも「感動」は人に押しつけるべきものではありません。自然塾を経験して、つまらなかった、納得できなかった人がいても、それは結構です。自然塾の内容は、ある種の価値観、哲学に貫かれていると思いますので、それに共感できない人がいるのは当たり前のことです。そういう人が自然塾を体験するのも人生における一つの経験になるはずです。自分とは別の価値観に触れてみる、そして自分の考えを検証してみるのは大事なことでしょう。むしろ単純に自然塾の考えに共感し、同意するより、深く自分の中で見つめ直してみること、それが一番大事な振り返りだと思います。それでも私のように、ああここには私と同じような考え方をする人たちがいる、と心の底から共感できるならば、それはまた幸せなことだと思います。

大学の講義である種の価値観をしっかり体験させるのは珍しいことかもしれません。あえて言えば、人類社会の持続可能性を高めるために、自然塾のような考え方をする人たち(今の社会では少数派でしょう)がもっと増える必要があるのではないか、バーチャルな世界での金儲けばかり考えているような人たちが幅を利かす社会はまずいのではないか、自然の中で体を張って生きる人たちがもっと尊重される社会に変わるべきではないか、という私の考えが基調にあります。それに同意できるかどうかは別として、これははっきりと伝えておきたいと思います。
2.創・作

皆さんの素晴らしい課題発表を見て、感服しました。自然塾のインストラクターの方々、林原副塾長も絶賛です。倉本先生が、創(creation)と作(production)は違う、とおっしゃいましたが、あの課題発表はcreationの実践でしたね。

倉本先生は、Creationは前例のないものを創ることだ、楽しい作業だ、とおっしゃいましたが、皆さんは、あの創作を虚空から無理やり引っ張り出したんでしょうか?違いますね。皆さんがこれまでの人生で培った経験、知識、技術等を活用し、テーマを踏まえて自らの価値観を元にそれらを再構成したのでしょう。皆さんの血肉となった経験等が自ずとベースになっている、と私は感じました。

心の中に何もない状態ではcreationはできません。様々な経験を積み、知識を蓄え、それを自らの血肉と化した上で、素晴らしいcreationができるのだと思います。何かを創り出そうと一所懸命に考え自分に問いかけた時、人生経験から形作られた「素の自分」からあなたらしい前例のないものが生まれるのでしょう。岡田監督のワールドカップでの指導もそうだったのではないでしょうか。

皆さんが受験勉強や大学の勉強で知識を蓄え、試験答案を書くくらいは前例を踏襲して作るproductionで済むでしょう。飲み込んだ知識をそのまま吐き出す程度のことです。でも、人生ではいろんな局面でcreationが必要になります。知識ばかりを詰め込んでも、体や心を使わなかったら、creationはできないと思います。自らの全人格を駆使してcreationを楽しむこと、その境地に至れば人生は素晴らしいものになります。

皆さんにはその能力があります。知識偏重ではないcreationの実践、是非今後も心がけてみてください。
3. ベストを尽くす自信がある男

「ベストを尽くす自信がある」と断言できる人が明日講義してくれる、と二日目の夜の飲み会で私は言いました。そういう言葉を岡田監督はお使いになりませんでしたが、皆さん、納得してくれますね。岡田監督は、常にベストを尽くしてこられたんだ、と私は講義を聞いて深く納得し、感動しました。50過ぎの男であんな言葉を語れる人はまずいません。「日本代表チームのことを俺より深く考えているヤツはいない」、そのとおりでしょう。「Hopsの学生を私より深く考えているヤツはいない」、口が裂けても私はそんなこと言えません。

常にベストを尽くし続けること、これは並大抵の努力と根性ではできません。岡田監督を真似ようぜ、などと軽々しく言うつもりはないし、まず私にはできないことです。でも、夢を持ち、目標を掲げ、それに向かって最善の努力を傾けてみること、「常に」ではないかもしれませんが、それくらいのことは皆さんもやってますね。試験勉強でも就職活動でもそうだと思います。

ベストを尽くせば結果がついてくるのか?岡田監督ですらベスト4の目標はかないませんでしたが、夢はかなった、とおっしゃいました(たぶん)。ベストを尽くしても結果がついてこないことは、人生に何度もあります。人事を尽くして天命を待つ、という言葉がありますが、人事を尽くしたって天命が下りてこないのは当たり前です。でも人事を尽くさないヤツに天命が下りてくることは滅多にありません(たまにありますけど)。

そして、天命が下りてこなくても、人事を尽くした効果は必ずあると私は思います。もう一度トライした時には成功するかもしれないし、別のことに役立つことだってあります。さらに、人事を尽くすこと、ベストを尽くすこと、それ自体が素晴らしい行為だと思いませんか?たとえ結果がついてこなくても、ベストを尽くした自信があれば、後悔はないし、その過程で素晴らしい経験をしていると思います。努力もなしに結果を得た人より、結果を得られなくてもベストを尽くした人(やっている途中では苦痛、苦悩の連続ですが、終わった後に充実感を感じた経験は、皆さんあるでしょう)の方が良い人生を「過ごしている」と思います。

皆さんの中にも、なかなか夢、目標がかなわず、苦しんでいる人がいると思いますが、結果を恐れずベストを尽くす気持ちを持ち続けること、それが岡田監督のメッセージだったかもしれません。今、自分ができることに集中すること、人に頼るのではなく、自分でなんとか這い上がること、自分の責任でリスクを冒し、それを楽しむこと、厳しい言葉ばかりでしたが、本当に力強いメッセージだったと思います。よく噛み締めてみてください。
4. 自然と人間

環境教育を体験することが今回の講座の目的だったはずです。でも、私たちが得たのは人間教育、人生教育そのものだったような気がします。変な命名だと思ったかもしれませが「公共経営特論」というのもあながち外れてはなかったと思います。公共政策を設計し、実践するときに、人間という動物とその社会の基盤を成す自然に対する深い洞察がなければ、うまくいくはずがありません。教育するときだってもちろんそうでしょう。

岡田監督という素晴らしい特別講師を得たこともありますが、自然とのかかわりの中で「体験」してみることが、それを可能にしたのだと思います。頭と体を使った3日間、本当にお疲れさまでした。自然の中で体を張ることが如何に体力を要するか、少しは感じられたのではないでしょうか。便利で快適な都会生活を過ごすことを否定するつもりはありませんし、私だってずっと田舎生活ができるかと言えば、そんなに自信はありません。でも、せめて年に一度くらいは自然の中に身をおいて、人間も自然の一部なんだと感じることはあった方がいいと思います。

地球が温暖化しているかどうかなんて科学者の研究に任せておけばいいです。根本問題は自然と人間の関係が大きく損なわれていること、それがこれまで様々な問題を引き起こしてきたし、将来もっと大きな問題を引き起こす恐れがあることです。それを防ぐために公共政策も教育も、対策を考えて努力する必要がありますが、その第一歩は、やっぱり人間は自然の一部であるという認識、自然に謙虚に接し学ぶ態度、自然を体全体で感じることのできる感性を人間が取り戻すことだと思います。

私は、皆さんが自然塾体験をenjoyされたと思いますし、どういう感想を持たれたにせよ、この「体験」が皆さんにとって有意義であったと確信しています。この体験をもたらしてくれた富良野自然塾の皆さまと岡田特別インストラクターに心から感謝申し上げます。
(追記)

富良野自然塾を体験した後、加賀乙彦著「不幸な国の幸福論」(集英社新書)を読みました。まさに偶然手に取った本ですが、倉本先生や岡田監督が語ったことと同じような考えが書かれています。人生を極めた人たちは同じ境地に達するのでしょうか?せっかくだから少し引用してみます。

『大事なのは、夢の中身でも、それを達成できるかどうかでもない。自分なりの夢を持つことで未来への意志をかき立てること。そして、その夢に向かって昨日より今日、今日より明日、少しでも自己の水準をあげようと人生を歩んでいくことなのではないでしょうか。そうすることで、希望が生まれる。(中略)そうして常に希望を胸に抱き歩き続けていける人は幸福である、と私は思います。夢に向かい努力するという行為自体が強力なエンジンとなって絶えず前へ前へと人間を進ませ、たとえその夢は実らなくても生きがいや喜びを生み出していく。』

『ときどき自然-人間によってコントロールされた偽物の自然ではなく、大いなる自然の営みのなかに身を置くことは、幸せに生きるうえで欠かしてはならないことでしょう。単に、自然に触れることで癒されたり元気をもらったりするためではありません。ヒトという種が肥大させてしまった傲慢さに歯止めをかけるためです。(中略)自然は、傲慢になり過ぎた人間を謙虚にし、思索的にしてくれる。自分たちもまた全体の一部であることを思い出させ、感謝の気持ちを呼び覚ましてくれる。自分と自分のまわりにいる者の幸せを願い追求し続けた結果、とてつもない不幸を招き寄せようとしている私たちにとって、それは今や非常に大切なことなのだと思います。』

もう一つ、私の「地球環境論」で『「人が喜んでくれること」を思考の原点とする、いい人生ですね。見習いたいものです。こういう生き方もあることを知ると、ほのぼのと心が温まりませんか?これが地球環境論の最後の、最も大事なメッセージです』と申し上げましたが、こんな記述もありました。

『人のために何かをするということ。それこそが、「私は必要とされている」「私には生きる意味があるのだ」と実感できる最も簡単な、そして誰にでも可能な方法です。誰かの役に立てているという素朴な喜びは、自己肯定感へとストレートに結びついていく。生きがいを感じながら生きていくエネルギーの源となるのですから。(中略)そうして、人のために自分ができるささやかな何かをする人が増えれば、世界は今より確実に生きやすく、幸福になる。』

日々を元気に活き活きと過ごしている人には必要ないかもしれませんが、今、人生に挫折、不満、不安、疲れを感じている人は、読んでみればなにかヒントが掴めるかもしれません。お勧めしておきます。

*これは、富良野自然塾での「公共経営特論Ⅱ」の実施直後に、指導教員の深見特任教授が受講生に送った文章です。公共経営特論Ⅱの内容については、こちらをどうぞ。

佐々木隆生(公共政策大学院特任教授)


「論文」みたいなものを意識して書いたのは高校2年のときかもしれない。僕の高校の生徒会雑誌『白亜』の第10号(1963年2月)に,「神・必然・信仰-『形而上学叙説』に於ける神の概念について」という本文6,000字くらいのものを,その雑誌の編集長を僕がしていたことからスペースの「埋め草」として書いたことがある。存在論から神を「自己原因」としたデカルトやスピノザに対するライプニッツの異論を取り上げたものだった。勿論,今見せられた代物ではない。おまけに,そのとき以来,「校正ミス」が僕の宿命となるおまけもついた。でも,それ以来,自分の考えを書いてまとめるということが普通になった。

論文を書こうと思う手がかりは簡単なものだ。自分が解決しなければならないと思う「問題」が浮かぶ。それについて今まで言われてきたことの限界や争点を確かめる―つまり「先行研究や論争から課題設定の材料を仕込む。事実を確かめる―ファクトファインディング―意外と先行研究が見落としていたことが判ったりする。そこで自分の課題が明瞭になる。ここまでが第一関門だ。ついでに言うと,論文で一番大事なのはここだ。どういう意味をもっているのか判らないような研究が多いが,それはここを粗末にしているからだ。

課題がはっきりしていたとしても明晰な思考はすぐに生まれるものではない。最後の絵柄が不明のジグゾーパズルに取り組むようなものだ。思考のモナドはブラウン運動を繰り返して,とても「論文」に行き着くことはできないように思われる。大抵は「課題」が明確でも「方法」がはっきりしないからだ。ところが,ジタバタしている内に,いつのころからか,課題に取り組む方法が見え始め,パズルのピースがそこここに位置して,無数のモナドは次第に絵柄を見せ始める。これで第二関門を通り抜ける。

さあ,「課題」と「方法」が判ったからには,それに基づく研究を開始する。それ自体は大変だけど見通しがあるだけに苦労ではない。方法に基づく研究がうまくいかないこともあるが,何とか一定の結論は得られるだろう。よく「専門的評価」は,課題と方法に照らしてきちんとした検討がなされて,得られた結論が適切に導かれているのかに焦点を当てるが,それはまあ,「計算がきちんとできているのか」という程度のものだ。第三関門はそう難しいものではない。そこで,結論が見通せた段階で論文の執筆にとりかかる。

書くという行為の最初は,自分の思考を文章にして具体化する喜びに溢れている。誰も言っていないことや自分独自の思考を客体化することに有頂天になる。

僕は,最初の原稿では,少々の問題があってもとにかく「最後まで書く」ということに徹する。そうでないと「完全」という誘惑者の罠にはまってしまうからだ。一気に書いて,基本的な構造が良いということになれば,今度は文章を直し,足りない論証やデータを入れる。あわてて図書館で調べなおすこともある。

そうした苦労が報われる頃になって,不思議なことに喜びは次第に色褪せ,やがて消え失せ,「なんてつまらないものを書いているんだ」「こんなことはもう解りきっていることじゃないのか」という気持ちが湧いてくる。あれだけ自分の思考を客体化するのに喜びを感じていたのに,自分の書いたものに観照的になりはじめ,ついには論文を書くことが苦痛になってくる。

論文を書くたびにどうして必ずそうなるのかは判らない。多分,2つのことが作用している。1つは,自分の思考が客体化する度に主体としての思考の喜びは消える。目の前にあるものは,自分にとって判りきったものでしかない。すると他人にとっても判りきったことのように思えてくる。2つ目は,その裏返しだ。思考の喜びを,新しく知ることの喜びに飛び込みたくなる。論文を書いていると自分の限界がはっきりしてくるだけに,その限界を超えるための思考に突き進みたくなる。最悪なのは,まったく別の主題に関心が移っていくことだ。「これはやめよう。次のことを考えよう」という誘惑の言葉が囁きかける。目の前にある本や頭に浮かぶ別の領域への思索はエデンの園の木の実だ。

おそらく論文を書く時の最後の難関がここにある。ここで決然と自分の内に潜む蛇の言葉を打ち消す。「最後まで書き上げれば次に進める」と言い聞かせる。論文を書いている自分は,所詮,神ではない。不完全なものしかできないのだ。そして,書き終えなければ晴れ晴れと木の実を味わうことはできない。不完全な,未熟な思考の客体化の能力しか神は与えてくれない。そこで神はそうした行為を許し,不完全な人間であることを証明したご褒美に木の実を味わうことを許してくれるのだ。そう考えても良い。こうして,最後はげっそりしながら書き上げる。

ついでに一言。実は最後の苦しみを救う経験もある。ようやく書き上げてから原稿を見るのもいやで何日か放っておくと,不意に書き足りないところや曖昧にしていたところが浮かんでくる。論文は酒と同じで放っておいて熟成するようなところがある。思考を客体化できたから生まれる発見がある。そんなときは,自分が再び思考する喜びをちょっとだけど味わうことができる。そんな喜びと憔悴を繰り返しながら論文は形になる。もっとも,時には致命的な自分の間違いが判ったりして一層落ち込むときもある。

こんな経過は,他の人には当てはまらないかもしれない。でも,多分半分くらいは誰でもこんな経過を辿って論文を書いていると思う。そして,最後まで書く喜びに満たされて書き上げた論文は多分たいしたものではない。何しろ自分の限界が判らずに書いているからだ。そう,論文を書き上げる効用は,自己の思考を客体化すること,それに自分の思考がとても神には及ぶものではないことを知り,そこで次の課題を見出すことにある。じゃあ,書かなかったらどうなる? 客体化できない思考はまたブラウン運動に戻ってしまう。永遠に思考は絵を描き上げるところには行かないだろう。処女峰に挑むクライマーは,どんなに失敗しても登頂に成功することによって次の登攀を夢見ることが可能となる。それと同じだ。

佐々木隆生(公共政策大学院特任教授)


「大学は職業教育の場ではありません。…大学の目的は,熟練した法律家,医師または技術者を養成することではなく,有能で教養ある人間を育成することにあります。」これは,J.S.ミルがセント・アンドルーズ名誉学長に就任したときの講演の最初に述べている言葉だ。今もって「一般教育general education」が大学の目的と言う人はほとんどいないだろうが,それを欠いた大学教育がありえないのは確かだ。

今の大学は,「縦割り」で一般教育がどうしても軽視される。学生も早く専門的知識を学びたいと思って,自分の専門に必要な勉強を優先させる傾向がある。「専門以外のものを学ぶのは『趣味』だ」と考えている節がある。そんなことはない。アルフレッド・マーシャルは主著『経済学原理』で言う。「学校で行われる進歩は,それ自体としてよりはむしろ,学校教育が与える将来の進歩に役立つ力として重要である。なぜなら真にリベラルな一般教育は,人間精神が実業(business)において最善の能力を発揮することができるように,また実業自身を文化の高揚のための手段として用いることができるように作用するからである。」

学校でどんなに専門的知識を学んでもそれが実際に役に立つ「賞味期間」は限られている。専門的知識にしても,未知の課題にぶつかったときに自身が解決する道を見出すための「一般教育」という側面が重要で,しかもそういう風に専門知識を身に付けるには様々な学問や思想に触れることが求められるのだ。

「教養」なり「一般教育」を欠いた「専門家」育成には落とし穴がある。海軍大臣として三国同盟を承認し,後に海軍大学校長となっていた及川古志郎大将は,昭和18年に高山(こうやま)岩男京都大学教授と矢部貞吉東大教授,それに海軍大学校教官の千田金二大佐を前に,「米英を敵として戦っている事態を作りだした主因の一つは,わが国軍人を教育するにあたってもっぱら戦闘技術の習練と研究に努力し,政治と軍事との関係を考える教育を顧みなかったことだ」と語ったという。その話を聞いた高山は,後の著作の中で,明治維新を遂行した武士たちは経学(中国哲学),史学,文学を学び日本の路線に過誤をもたらさなかったが,明治以後の高等教育では専門のみが重視され,大正より昭和に入るや軍部は暴走し,官僚は法匪(満州建国に送り込まれた官僚に在満知識人が名づけた)となったと述べ,「法律や軍事の末端技術面に専念した欠陥教育は,半世紀を過ぎた後に国家の脆弱を暴露し,羸弱(るいじゃく)を実証した」と断じている。「京都学派」が大戦に向かう道で果たしたイデオロギー的役割を否定するとしても,高山のこの指摘には肯定できるものがある。立花隆が『東大生はバカになったか』で東大法学部の専門教育偏重に疑問を呈しているのも高山の指摘に重なる。

現代では,基礎的な教科・科目を得意不得意はあっても学び,一般教育や古典の読書などを通じて普遍的な知的能力をもたない場合には,専門家にしても「二流の専門家」にしかなれない。専門家が取り組むべき課題は,ますます「融合的」となり「学際的」になっている。環境・資源問題をとっても老齢化社会問題をとっても狭い専門教育の延長上では到底扱い得ないであろう。さらに学問自体が他の学問領域についての知見を必要としている。僕の専門の経済学をとってみれば,合理的選択をする諸個人から社会は構成されているという「方法論的個人主義」を批判し,精神分析,文化人類学,そして社会学の成果を取り入れることなしにジョージ・アカロフのノーベル経済学賞は無かった。グッドウイン,吉川洋,クルーグマンなどは生物学のロトカ=ヴォルテラ・モデルを積極的に取り入れてきた。

ある学問に熱心に取り組むことから逆に視野が広がるということはある。大体,学生は卒業間際になって「もっと一般教養を身につければよかった」と言う―ただし,情けないことに「もう遅い」と思い込んでいることが多い。これも間違いである。「社会に出た」ときに「学生」のときと違うのは「経験」が大きな役割を果たすことだが,経験は頭だけで理解していたものの本当の姿を見せてくれるとともに,容易に経験だけに寄りかかって知的進歩の無い人間も生み出す。長い経験で培われた熟練を未知の課題に生かす力をもたらすのは,その人間のもっている一般的知的能力の広がりと深さだ。優れた経営者,官僚,政治家そして研究者はそのような一般的知的能力をもっている場合が多い。偶然に成功することはあっても,失敗を避けるには一般的知的能力が必要だからじゃないかと僕は思う。

考えてみれば,公共政策大学院とは不思議なところだ。一見,「専門職大学院」として公共政策に役立つ実践的知識を教授すると思われているが,これほど広い専門領域を抱えている大学院は他にない。それ自身が公共政策のための「一般教育」を構成しているとも言える。まもなく退職するので言いたいことを言わせてもらえば,公共政策大学院ではすべての学生が哲学,政治学,経済学をきちんと学ぶこと,さらに文系の学生について言えば数学・物理学・化学・生物学・地学の基礎を学ぶことが必要に思われる。そして,何よりも,社会に現実に生起する様々な問題についていつも議論して自分の頭でものを考える喜びを,またいつも何かの古典を読み芸術を鑑賞して「有能で教養ある人間」になってほしいものだ。

寺田文彦(公共政策大学院教授)


「先生、連日の事業仕分け、お疲れさまでした。」
「ああ、君か。初日からずっと傍聴していたのかい?」
「いいえ、初日のニュース番組で、仕分け人の中に先生らしきシルエットを見かけたので、最終日の今日、確かめに来ちゃいました。」
「おいおい、とんだ野次馬だな。勉強熱心で結構だと褒めようと思ったのに。私のような学識経験者組の名前だったら札幌市役所のホームページにドーンと載っているわけだし、足を運ぶまでもなかったろう。まあ、お蔭で私も傍聴人集めに一役買うことができたから、そのお礼は言うよ。」

「でも、先生、仕分け人6人全員が、お互いをAさん、Fさんとか呼び合って、覆面討論会になっていたのは、実に奇妙な光景でした。」
「仕分け人の匿名性を巡っては、いろいろな考え方があるだろうね。君の意見を聞こうか。」
「国の事業仕分けと同じように、仕分け人は氏名を明らかにした上で発言すべきです。でないと無責任だと思います。」
「実に明快で結構。公の場で、軽々しく発言してもらっては困るというわけだね。では、今日、気になる発言はあったかい?」
「いいえ、どの発言者も、しっかりと自分の意見を述べていたと思います。茶化したり、関係ない話を持ち出したりする人もいませんでしたし。」
「皆さん、真剣にテーマと向き合っておられたね。さっき君は、覆面と言ったが、実際に仮面や覆面を着けているわけじゃないからねえ。そうそう無責任な発言はできないと思うよ。」

「そこなんですよ、先生、分からないのは。顔を隠していないんだから、名前だけ伏せても意味ないって思うんですけど。」
「『12人の怒れる男』の主人公は、確か『陪審員8番』だったな。」
「えっ、何です、それ?」
「アメリカの陪審員制度の光と闇を取り上げたサスペンス映画さ。面白いから、君も観るといい。」
「先生、どうしちゃったんですか。事業仕分けの話をしてたと思うんですけど。勝手に遠い世界に逝かないでください。先生、カムバ~ック!」
「変人扱いはやめてくれ。僕はただ、今回の札幌市の事業仕分けと裁判員制度に共通点があることとか、匿名には意味があるってことが指摘したかっただけなんだ。あと、名前なんか無くたって、誰もが主役になれることとか。」

「・・・」
「まだ疑っているね。実は、札幌市が事業仕分けを行うのは、今回が初めてではないんだ。3年前にも一度、行っている。前回、仕分け人は学識経験者等、いわゆるプロが務めたし、ヒアリングは公開されたから、この辺りは国の事業仕分けと同じだ。」
「すごい。札幌市の方が先行していたんですね。」
「そう。そこで、札幌市は、さらに一歩を踏み出すことにしたんだ。」
「それって、今回の札幌市の取組は、国より優れているってことですか?」
「やっぱり君は、そそっかしいな。事業仕分けはあくまで手法、ツールに過ぎない。大事なのは、それを活用して何を目指すのかという目的の部分だね。一口に事業仕分けと言っても、目指すものが違えば、優劣は付けようがないよ。」

「よく分かりません、先生。そもそも、事業仕分けの定義って、どうなっているんです?」
「定まった定義はないみたいだけど、一応、①外部の視点を取り入れること、②徹底した情報公開(オープンネス)、③短時間で審議、④多数決で判定、⑤有償ボランティア、ってところかな。最後の点は聞き慣れないと思う。タダではないんだけど、仕分け人のキャリアや専門性に見合った報酬までは支払わないということだね。」
「えっ、仕分け人って、全員お金もらえるんですか?」
「国の仕分け人より、少し安い額だね。事前の事業説明や研修は支給対象外なので、それらを含めて時給に換算すると、たぶん労働基準法の最低賃金くらいになると思う。国、自治体を通じて奇妙な横並びが見られるのは、さすがは不思議の国ニッポン、というところかな。あ、そうそう、仕分け人の勤め先によっては、報酬の受け取りを辞退しなければいけない場合もあるだろう。」

「いいな~、私もやりますっ。やらせてください!」
「君の場合は、くじ運を磨かないと。」
「先生って、そんなにくじ運が強いんですか?」
「学識経験者組は、いわゆる一本釣りで、別ルートだね。私の場合は、5年前に他の政令指定都市の財政局長をしていたから、『同業者である外部のプロ』として白羽の矢が立ったんだろう。それに大学教授って、いかにも暇そうに見えるし。」
「(出た~っ、まったく自慢なんだか、自虐なんだか。)」
「ため息をつくのはやめてくれないか。」

「独り言ですっ(聞こえてなくて良かった)。先生、仕分け人は、学識経験者2名と、市民の方4名で一つのチームになってますよね。それが毎日3チームで、4日間。この48名の市民の皆さんって、自ら志願されたんじゃないんですか。」
「半分正解で半分不正解。」
「先生、ため息は謝りますから、ちゃんと教えてください。」
「無作為抽出によって20歳以上の札幌市民1,000人に参加を呼びかけて、参加を承諾した市民121人の中から、男女同数になるように、また、年齢層にも偏りがないように48名の参加者が決定された、とある。」
「ふむふむ、で?(先生、まだ怒ってるなあ。)」
「(飲み込みが悪い生徒だな。)公募をかけて、手を挙げた市民に参加してもらうっていうのが、よく用いられる手法なわけだが、公募に応じる人っていうのは、『市民活動家』っぽい人というか、日頃から市政に対する興味関心が強く、かつ、そういった活動に参加する時間的な余裕があるという属性を有している。もちろん、公募制は、従来のような、主要な団体の代表者等を呼んできて形だけ整えることに比べれば、住民参加の観点からは遙かに優れているのだけれど、公募制の難点として、特定の属性に偏りが生じること、平たく言うと、『やっぱり今回も同じ人』になりがちなことが挙げられる。その難点を補うために、最近、脚光を浴びているのが、プラーヌンクスツェレ(市民討議会)という手法を追加することなんだ。」

「何語です?」
「ドイツ語。英語で言えば、プランニング・セル。直訳すると『計画細胞』だね。1970年代にドイツで考案された市民参加の手法で、住民から無作為抽出で委員候補を選出して、参加を受諾した人には謝礼を支払い、十分な情報提供をした上で、特定のテーマについて小グループで討議をしてもらって、投票でそのグループなりの結論を導き出すという手順を踏む。利点としては、当初必ずしも参加意欲があるとは限らない市民が委員候補に選出されて、委員就任を受諾する可能性がある点で、①従来であれば、サイレント・マジョリティとして埋もれていたはずの一定層を参加に導く可能性があり、さまざまな市民の意見に光が当てられること(一般の市民の声なき声が抽出できること)、②性別、年齢や職業などが地域全体の縮図になるので、市民の中にある意見の対立や分布状況を掌握できること、③一致点や妥協点の模索につながり得る有益な情報を得られること、④参加者の市政への参加意欲が高まること、が挙げられる。他方、留意しなければならないのは、①謝礼を支払うことからコストがかかること、②開催準備や結果報告に手間がかかること、③参加者が民主主義的な正統性を持つわけではないこと(サイレント・マジョリティの声を代弁はしても、市民を代表しているとまでは言えないこと)だろう。」

「その『ぷら何とか』って、日本では札幌市が最初に取り入れたんですか?」
「三鷹市青年会議所と三鷹市が4年前に『子どもの安全・安心』をテーマに『まちづくりディスカッション』を実施したのが有名だけど、事業仕分けの手法を組み合わせたのは、私の考えでは、札幌市が日本で初めてと言っていいと思う。事業仕分けと市民の無作為抽出との組み合わせの点だけで捉えると、形式的には、札幌市は、昨年の埼玉県富士見市、滋賀県草津市に次いで、愛知県高浜市と並ぶ3位タイになるのだが、他の自治体では質疑はプロの『渡り者』仕分け人だけが行い、無作為抽出された市民は、その議論を聞いて判定だけを行うという分業方式が採用されているからね。無作為抽出された市民が質疑から判定まで一貫して担うのは、札幌市だけだ。」

「それって、今回の札幌市の取組が、いちばん優れているってことですか?」
「やれやれ、またその話か。目指すものが違うんだから、比較のしようがないんだよ。よほど君は、優劣を付けないと収まらない気質とみえる。」
「だって、先生。国との比較のお話も途中まででしたし。」
「端的に言うと、市民参加と、仕分けの実(じつ)を取ることの、どちらに比重を置くかということだね。メリット・デメリットは当然ある。前者は、『市民が主役、行政はサポート』という、あるべき姿を先取りするものだけれども、現時点では、あまり複雑な事業を対象にすることは困難だろう。事業費の大きいものは、たいていスキームも複雑だから、無作為抽出された市民の手に余るかもしれない。だから前者は、その仕分け結果で大きな金額を積み上げようとしても難しいね。他方で、後者、すなわち、プロを活用する方式は、基本的にその反対になるけれども、プロと言ったって、正当な対価の支払いや特別な調査権限もなしに、限られた時間、関わるだけだから、キャリアや専門性をフルに発揮することまでは期待できないと思うよ。」

「先生、正当な対価の支払いや特別な調査権限の点では、自治体の議会が思い浮かぶんですが、議会議員はどうして登場しないんでしょう。ていうか、事業仕分けって、議会の役割ですよね。国の仕分けでも、国会議員が仕分け人やってましたけど。」
「まず、国会と地方議会に共通して言えるのは、あらゆる事業仕分けの最終的な結論は、予算審議・議決を通じて、民主主義的な正統性を有する(つまり、選挙によって選ばれた議員によって構成される)議会が下すということ。この点は、はっきりしている。それ以外は、国民が国会議員しか選ばない一元代表制(議院内閣制)の中央政府と、住民が議会議員と首長とをそれぞれ選ぶ二元代表制(大統領制)の自治体とでは、同列に論じることはできないな。まず、国の場合には、政府と与党は一体なんだ。だから、政府を支える与党に所属する国会議員の出番は当然増える。他方、自治体の場合には、ともに住民から選ばれた議会議員と首長とが緊張関係を維持しながら競争し合う二元代表制を採用している。予算の提案権は首長に、決定権は議会に与えられ、それぞれが住民の声に耳を傾け、それを市政に反映させるべく、各々の権限を行使することが期待されている。事業仕分けも、また、双方にとって有益な判断材料を提供することになるだろう。今回の仕分け人のコメントの一つひとつを、単に、その仕分け人が札幌市長の呼びかけに応じて参集したからという理由だけで、札幌市議会議員が参考にしてはならないという理屈はないよ。」

「札幌市議会議員が仕分け人になることは、どうなんですか?」
「そんな予定は聞いていないが、二元代表制の下で考えると、議員が市長から委嘱状の交付を受けることには違和感を覚える。もっとも、議会と市長とが合同で事業仕分けを行ってもよいわけで、その流れでは、構成員の半数を市議会議員が占める形での実施を予定している横浜市の取組は、実に興味深い。ただ、そんなに大勢送り込むと、後々の議会審議は実に窮屈になるだろうね。仕分け結果の重みが違ってくる。むげにはできないだろう。」

「仕分け結果の尊重の話が出たついでにお尋ねしますが、今回の札幌市の事業仕分けの結論を、札幌市長は尊重してくれるんでしょうか。」
「さあ。その必要はないと思うよ。」
「えっ?」
「仕分けの結論と言ったって、当日の朝、初めて顔を合わせた小グループの、多数決の結果に過ぎないのだから。ただし、質疑・議論での仕分け人の発言や、仕分け人がそれぞれの判定結果シートに書き込んだ判定根拠補足コメントのすべて、さらには、7月頃を目途に行うとしている今回の仕分け結果に対する市民意見募集(パブリック・コメント)に寄せられる市民意見のすべては、今後、市としての考え方を取りまとめる上で参考にしてもらえると嬉しいね。対象事業の恩恵を受けている市民その他の関係者や議会の意見をしっかりと聞くことも大切だね。」

「それじゃあ、仕分け人にとっては、あんまりです。」
「そうかな。」
「言いっ放しってことじゃないですか。」
「逆に、尊重こそが、市が最も避けなければいけないことなんだ。それでは、責任をすべて仕分け人に押し付けることになってしまう。もし、安易にそんなことをしたら、来年から就任を受諾する人は激減すると思うよ。仕分け人は、市の呼びかけに応じてくれた市民ではあるけれども、必ずしも全員が、覚悟を決めて臨んでいるわけではない。サイレント・マジョリティは、平穏な生活を大事にする人たちだから、その声が拾いたかったら、気質に配慮すべきだね。匿名としたのも、その一環だと思うよ。」

「先生も、匿名の方がいいんですか?」
「学識経験者組は実名でも仕方ない気がするが、あの人は普通の人、この人は特別な人、では、さぞ議論がしにくいだろうね。」
「最終日、市民の仕分け人の方は、皆さん自ら進んで発言されましたし、質問だけではなく、はっきりと自分の意見を述べておられました。」
「口火を切るのは、きまって20代の女性の仕分け人の方だったね。大学生という話だったけど。自分でもあらかじめ情報収集するなど実に意欲的だった。もう学識経験者組はお役御免にして、来年からは市民の仕分け人だけで十分ではないだろうか。札幌市民の民度の高さに感服した。」

「初日からずっと、こんな感じだったんですか?」
「初日と2日目は、少し違っていたね。質疑・議論での発言よりも、最後の判定結果やその補足コメントの方が、数倍辛口という傾向が見られた。判定及び補足コメントは無記名だから、発言することに比べて余計なプレッシャーがかからないのは確かだろう。最終日は、その落差が比較的小さかったように思うけれど、この辺りは、メンバーによるというより、マスコミの注目度とか、傍聴人の数や動静だとか、環境要因の方が大きいのではないだろうか。」
「それにしても、市の課長さんたち、可哀想でした。」
「短時間の審議だし、流れができてしまったら覆すのは容易ではないね。それと、仕分け人同士は批判をしないというのが決まり事なので、お互いに洗脳し合っているようなものだ。ある仕分け人が、市から的確な回答を得られなかったと感じたら、その不満や不信感はメンバー全員が共有することになる。市の説明者にとっては試練の場だけれども、同時に、仕事師としての情熱をアピールできる、またとない機会でもある。」

「最終日、先生が入られたチームは、不要(廃止)が5件、見直し(効率化・委託等)が1件という極めて厳しい判定結果でした。」
「あと一息で、パーフェクトだったな。」
「あのぅ、仕分け結果に意味はないって言ってた人の発言とは、とても思えませんが。」
「センセーショナルな方が、マスコミに取り上げられやすいから、札幌市のこの意欲的な取組に関心を持つ市民の数を増やせたかもしれない。そう思うと、実に残念だ。」
「もう、どっちなんですか。先生の講義と同じくらい分かりにくいです。」

「どうだい、陪審員8番としては、これからパブでビールでも一杯、と思っているんだが、よかったら補講を授けるよ。」
「結論は『廃止』、内訳は『不要』とする人が1名中1名、仕分け人のコメントは『それって、アカハラ!』です。じゃあ私、彼氏と約束あるんで、もう行きますね。」
「仕分け人、仕分けされるってところか。さようなら。」
「先生、さようなら。」

※このダイアログはフィクションです。

佐々木隆生(公共政策大学院特任教授)


岩波文庫が「100冊の本」という企画をはじめたのは何時だったろうか。多分,学生の頃だったような気がする。その頃は,「そのくらい読むのは当たり前で,随分おせっかいな企画だな」と思ったものだ。そもそも本とは,自分の世界から捉まえにいかないと本当に読む気にならないものだから,世間に薦められて読むものではないという反発もあったように思う。

読書は,一見,根暗で孤独なように見えて実は異なる。兼好法師は,「ひとり,灯のもとに文をひろげて,見ぬ世の人を友とするぞ,こよなう慰むわざなる」(『徒然草』第13段)と,またルネ・デカルトは「すべての良書を読むことは,それらの著者であるところの,過去の時代の最もすぐれた人々と親しく語りあうようなものであり,しかも著者たちがめいめいの思想の粋だけを私たちに明かしてくれるあらかじめよく考え抜かれた会話である」(『方法序説』第一部)と述べているが,読書の本質をよく表している。

「見ぬ世の友」の話には,スタンダールや紫式部のようにこちらを引き込む世界もあれば,学者の話のように,論理をもって語りかけるものもある。いずれにしても,そして特に後者の場合は,デカルトの言うように「会話」がそこに生まれる。あったこともない人々との「会話」が読書なのだ。だから,読書は決して孤独なものではない。

「会話」は,相手の言うことをよく聞かないではなりたたず,また,ただ聞くだけでは成り立たない。必ず著者の此岸に赴いて話を聞くことが必要だ。著者の考えを未消化に知っても何の意味も無い。難しく言うと「書に内在して読む」べきだ。

ついで,著者の彼岸である自分に戻って著者への語りかけをする。それで会話ははじめて成り立つ。「マルクスさん,あなたの議論はある前提を必要とするのですが,それをはっきりさせないままこうした今の結論はどうして出てくるのですか?」などと語りかけ,また著者の反応をうかがう…つまり,相手の言うことを吟味して考える。結果として「ハイデッガーさん,そこには納得できません。私はこう考えるほうが論理にも,また現実にもあっていると思うのです」というような自分の考えの表明がある。読書は,自分の思想をつくるための「会話」,つまりプラトンの言う「対話」であり「弁証」なのだ。

最後に,こんな風に読書をしていると必ず自分にあった語りかけの達人に出会う。それは自分の語りかけに必ず影響を及ぼす。つまり,読書は,自分の思想をつくるための貴重な会話であるとともに,自分の思想を表明するために「書く」ことを自然に導いてくれる。「書く」という行為は,「読む」という土壌から生まれる。それに,名文は読書なしには生まれないというのは文章術の常識だ。ある人の文章を読んでいると,その人がどんな読書をしてきたかが見える。ただ,知識を得るために読んではいけない。著者と話し合うこと。ただ,自分の考えを書くだけではいけない。人と会話できるように書くこと。それは,「世界」への好奇心とともに知的能力を最も規定している。

佐々木隆生(公共政策大学院特任教授)


「のびしろがある・ない」という表現を,最近,よく聞く。スポーツなど,肉体的な限界がある場合には,「まだまだ伸びる余地がある」とか「これが限界だな」と,当たり前のように言われてきた。だが,知的能力は「収穫逓増」を特徴とする。ある知的水準に達することができれば,より高い水準へと向かうことが可能となる。「受験勉強で伸びきってしまってのびしろが無い」などと聞くと,「ちょっと違うのじゃないか」と思う。「勉強のし過ぎで伸びが止まる」ということは無い。

もちろん「頭がよい」「悪い」はあるだろう。つまり,資質の相違というのはある。陸上で世界記録に挑むことが可能な資質をもっていると同じように,ある領域のマエストロになることが可能な資質をもつ「頭のよい」人間がいて,そうでない人間もまた存在する。だが,資質の相違を別にすればどのような人間でも知的能力が伸ばすことはできる。それ自体は無限の可能性をもつ。「疲れて思考できない」状態になることもあるが,一息入れれば,あるいは十分休めばまた考えることはできる。

僕は,正直言って頭が悪いと思う(ついでに告白するとものすごく不器用だ)。なにしろ何回読んでも解らない本が沢山ある。すぐ解った気になる本はものすごく優れた著者の手になるか(本当は騙されているのかもしれないが),たいした価値の無いものだ。アダム・スミス,マルクスも,ヴェーバーも,ハイデッガーやサルトルも,大切に思うところに線を引いたら結局大半の文章に線を引いたり強調の印を入れたりしていて,結局よく解っていないという目に何度もあっている。だが,おそらく好奇心だけは旺盛だ。だから,どうしても理解したくて何度も読んでいると,ある時,理解(「解った気になる」だけかもしれないが)に必要な「鍵」みたいなものが手に入る。するとジグソー・パズルの完成への展望が開ける。迷っている岩壁の中から登攀ルートが急に見えてくる。著者とはじめてしっくりした対話ができるようになる。そして,次の,これまで手の届かなかった問題への接近が可能となる。

数学もすぐ頭に入らない。だが,何としても理解したくて演習問題をやったり,他人に聞いたりしているうちに理解して使えるようになる。すると手の届かなかった領域の論文がわかるようになり,自分自身が考える領域が飛躍的に広がる。なるほど「収穫逓増」だと思う。

こうしてみると,「勉強のしすぎで伸びが止まる」とか「受験勉強で伸びきってしまう」というのはやはり可笑しい。よく「のびない」人を見ていると,自分の吸収した知恵がきちんと自分の活かせる財産になっていない場合(うろ覚え―頭の悪い僕が克服すべき悪弊)と自分自身が課題とする諸問題のために勉強してこなかった場合(死体としての知識吸収―頭はよいが世界に関心をもてない人間の悪弊)がほとんどじゃないかと思うことがある。『論語』で言う「学而不思則罔 思而不学則殆」だ。 簡単に言えば,本当に考えていないのだ。世界を理解して行為することに夢中になり,きちんと勉強して知識を自分の財産・道具にして,自分なりに表現しようと思えば,「のびしろがある」どころかどんどん伸びる。因みに,僕は「のびしろ」という言葉は余り好きでない。なんだか「のりしろ」みたいで伸びる余地が少ししかないような印象を受けてしまう。

知的向上の上で決定的な壁は「老い」である。なにしろ体力がないと考え続けることは難しい。それに記憶力の減退という得体の知れない敵もいる。だが,僕の3分の1ちょっとしか人生を送っていない大学院生にはそうした壁は無い。「ここまでで精一杯だ」などと言ってはいけない。こんな科白は,人生の最後のつぶやきにとっておけばよい。僕でさえ,まだまだ山のように課題を残していて,おまけに課題はどんどん増えるくらいだ-「収穫逓増」とは課題が増えていくことも含んでいる!いくらでも考え,自分の理解可能な世界を拡張してほしいと思う。考えれば考えるほど,そして行動すればするほど自分が直面する世界は変化し,広がっていく。僕などははるかに超えて理解可能な世界を広げることはできるはずだ。

空井  護(公共政策大学院教授)

他の学問分野については詳しいことは分からないが,筆者がいくらか知っている政治学の分野では,近年,実証研究が主流をなしており,学会の研究大会報告も,方法論を含めた広い意味での実証的な研究がその大部分を占めている。ここで言う実証研究とは,特定の事象(政治学においては「政治」事象)がいかに,またなぜ起きるのか(あるいは起きたのか)を,できるだけ精確に明らかにしようとする研究である。実証的であることは科学的であることの証しとされるから,実証研究が主流化したということは,日本の政治学が社会「科学」として立派に成り立ったということなのだろう。事象の解明は,その結果が暫定的な結論にとどまらざるを得ない運命にあるにもかかわらず,大変に骨の折れる作業であり,これは少しでも手を染めたことのある人なら誰もが身に沁みて知っている事実である。

しかし,実証的に解明すべき,あるいは解明された事象に対し,いかなる価値的判断を下すべきなのかという点については,実証研究者は沈黙するしかない。例えば,「マニフェスト選挙」の実態を明らかにしたからといって,「マニフェスト選挙」はいかにあるべきか,「マニフェスト選挙」はそもそも望ましいことなのか,といったことについては何も言えないのである。日本とイギリスを比較し,前者は「本場」の後者を見習うべきであるというのであれば,それに先だってイギリスのやり方を価値化しなければならないが(単なる「本場」では足りない),そうした価値化はイギリスの「マニフェスト選挙」を解明することで可能になるわけではない(たまにこのことが分からない人がいるから不思議である)。

いわゆる「研究大学院」で養成される研究者は,実証研究に専念できる「特権的な」存在であるが,公共政策大学院が養成を目指すのは「特権的な」実証研究者ではなく,公共政策の現場に身を置く人びとである。ただしデモクラシーのもとでは,一般の市民も公共政策の現場からさほど遠くないところに位置しているはずだから,公共政策大学院に課される究極的な使命は,公共政策にアテンティヴな市民を世に送り出すことであろう。そして,かかる市民が身につけるべきは,客観的なデータを踏まえつつ(これは最低限の必要条件である),複数の規範体系がせめぎ合うなかで,公共政策について一定の価値的判断を主体的に下す能力であるが,この判断能力の中心には,公共政策にまつわる様々な言明や命題の妥当性を,その根本前提にまで遡って吟味できるだけの知的体力が含まれている。例えば,そもそもなぜ格差は悪いのか,もし許容可能な格差があるとすればそれはいかに正当化され得るのか(「格差原理」!),格差を抽出する際にあるユニットが設定されるはずだが,よりによってなぜそのユニットを選ぶのか,といった点について厳密な吟味を加えないままに,いきなり具体的な格差解消策の議論を始めてしまうような人は,公共政策にアテンティヴな市民としては失格である。こうした基本部分に関して思考や判断を停止させていては,費用対効果基準――それは重要かつ明快な基準であるが,唯一の基準ではあり得ない――を振りかざす権力に対しても,十分な反論などできはしないだろう。

学界で実証研究が主流をなすのは,「研究大学院」で養成された人びとによって学界が構成されているのだから,当然と言えば当然である。しかし実証研究者といえども,公共政策大学院で教鞭を取る以上,身についた実証研究者特有の,あるいは実証研究者に求められる思考パタン――むしろそれは思考停止パタンと言った方が良い――に安住していてはならないのだろう。疾くに不惑を過ぎた筆者にとって大いなる挑戦であり,そのためのFDは実施されていないから,手探りでの暗中模索が続くことになる。

鈴木 一人(公共政策大学院准教授)


政権交代から3ヶ月が経ち、「ハネムーン期間」とも言われる100日を過ぎた。日本の政治史上の一大事であった政権交代の興奮も収まり、冷静に政権運営を眺めてみると、かなり残念なことも多い。その一つが国家戦略局(室)の存在感の薄さであろう。

国家戦略局は行政刷新会議と並んで、民主党政権の目玉として設置され、これまで「省益あって国益なし」といわれた、霞ヶ関の縦割りを解消するべく、予算編成から成長戦略まで、幅広く国家のあり方をデザインしなおし、グローバル化の中の日本の進むべき道を描き出すはずであった。しかし、2009年末に出された成長戦略は、およそ「戦略」とは呼べるものではなく、wish listでしかなかったし、予算編成においても、国家戦略局が主導してメリハリをつけたとはとても言いがたい状況である。

そんな中でも、気になるのが規制を巡る問題である。小泉政権時代には、竹中平蔵大臣の主導の下、規制緩和が積極的に推進され、これまで役所のコントロールにがんじがらめにされてきた多くの分野で規制緩和が進み、「自己責任」を取らされる結果となった。こうした規制緩和一辺倒の政策は「新自由主義」として批判され、その後の安倍、福田、麻生内閣でも揺り戻しが起き、民主党政権でも郵政民営化の見直しを含む規制強化が進んだ。

この一連の政策の流れで気になるのは、世の中に「規制緩和」と「規制強化」の二つの選択肢しかないような理解がまかり通っていることである。規制を緩和すれば、市場の論理に基づいて成長する企業や個人もあるが、同時に市場に淘汰される企業や個人も出てくる。逆に規制を強化すれば、市場の秩序は強化されるが、自由な経済活動が阻害され、経済全体の成長を押しとどめる効果も生み出す。資本主義が経済システムの基礎となった近代以降の長きに渡って、経済政策の基本軸はこの二つの選択肢の間を揺らぎながら、時代状況に合わせてどちらかに重点を置くような解決を見出してきた。

しかし、現代の資本主義社会では、規制緩和と規制強化の二分法ではなく、経済活動全体の中で「規制をデザインする」ことが求められている。というのも、グローバル化した世界において、国境を超えた経済活動がいっそう激しくなる一方で、政府も多くの市民も国境を超えて移動することが出来ない状態にあるからである。つまり、政府はグローバルに移動する経済活動を自国の領域に誘導し、同時に自国から動くことの出来ない市民に対して、保障を提供する規制をデザインしなければならないのである。また、それと同時に、自国で生産された製品やサービスをグローバル市場に売り込むための規制のデザインをすることが求められる。

こうした三つの要件を満たすことは極めて難しい。しかし、その一例をヨーロッパに見ることが出来る。国内に経済活動を誘導し、市民に保障を提供するケースとしては、北欧諸国、とりわけデンマークの「フレキシキュリティ(Flexicurity)」という概念が参考になるだろう。この「フレキシキュリティ」は柔軟性を意味するFlexibilityと安全保障・社会保障を意味するSecurityの合成語であるが、その意味するところは、企業活動を自由に行うための雇用の柔軟性と法人税の軽減などを進める一方で、労働者の再雇用に向けた職業訓練や失業保険を充実させるという政策である。これは一方で規制緩和を進めて企業活動を活発にし、外資を含めた資本の誘致を進めながら、他方で規制を強化し、市場に秩序を与えるという発想に基づく規制のデザインである。

他方、グローバル市場に向けた規制のデザインとしては、EUのFTA(自由貿易協定)戦略が挙げられよう。EUは多くの国や地域とFTAを結んでいるが、相手国との関係で見れば、EUはFTAによって大きく損をしているように見える。5億人の人口を抱え、アメリカの1.5倍のGDPを持つEU市場全体を相手国(たとえば韓国)に開放することは、EUが韓国市場に参入して得られる利益よりも、韓国がEU市場に参入して得られる利益の方が大きく、EUは韓国製品に対する関税収入を失うだけでなく、韓国企業に淘汰されるEU企業も生まれるというリスクをも取っている。

しかし、それでもEUのFTA戦略が優れているのは、EUという巨大な市場を開放することで、相手国政府にEUの規制や工業製品の基準認証などを受け入れさせているからである。これを私は「規制帝国」というタームで説明しているが、EUはFTAの相手国に対して、自らの巨大な市場を開放するという「ニンジン」をぶら下げ、それとの交換で規制を相手に押し付けているのである。そうすることで、EU企業が韓国市場に参入することを容易にするだけでなく、韓国製品がEU市場に参入しにくい状況を作ることが出来る。というのも、FTAによって不都合が起これば、規制をいじることで自国の市場を守ることが出来るからである。これは日米貿易摩擦のときにアメリカが発動したスーパー301条や反ダンピング認定のような一方的で攻撃的な規制ではなく、FTAという両者の合意に基づいた規制なのである。

このように、規制は緩和するとか強化するといった問題で捉えるのではなく、規制をグローバル市場に対するツールとして使いこなせるようにデザインすることが重要なのである。自国の規制をグローバル・スタンダードに変える事が出来れば、それだけでグローバル市場における競争力を得ることになり、「100年に1度」といわれる経済危機においても、グローバル市場で生き残れる手段となるのである。

本来、こうした「規制のデザイン」を担う部局として国家戦略局は作られたはずであり、こうした問題意識から国家戦略のグランド・デザインをしていくべきだと思われるが、冒頭に述べたとおり、そのような問題意識はほとんど見受けることが出来ないのは大変残念である。

「新しい公共」を標榜する民主党政権の時代に入り、これから公共政策を担うHOPSの学生諸君には、是非この点を理解していただき、規制緩和や規制強化という不毛な議論で終始することなく、適切な規制を「デザイン」し、グローバル市場で日本の競争力を強化し、経済成長戦略を描くことを意識して、研究に励んでほしい。

権左 武志(公共政策大学院教授)


先日、ニューズレターの自己紹介で、現実は様々な可能性の束からなっている以上、現在を理解するのは簡単でないと書きましたが、この点をもう少し考えてみましょう。現実が多くの可能性からなっているというのは、一つには、現実の世界が概念や理論により構成される性格を備えているからです。ここで言う「概念」とは、われわれが現実を見る時にどうしても必要となる認識枠組、いわば眼鏡のようなものと考えればよいでしょう(カントが「カテゴリー」と呼んだものです)。例えば、八月三〇日の衆院選挙の結果を、四年前の選挙のように新政権へ「委任」する「授権」と見るか、それとも過去四年間の政権を多数国民が「審判」した「民主的統制」と見るか、で日本政治の見方も大きく異なってきます。同じく、発足予定の新政権の性格も、「首相統治」の政権と見るか、大臣や党幹部からなる「内閣政府」ないし「二重政府」と見るか、それとも三党の「連立政権」と見るか、で大きく変わってくるでしょう。つまり、どんな概念や理論を使用するかに従い、同じ現実が異なって見えてくるわけです。

そればかりか、概念そのものが現実を一定方向に動かすという実践的作用を及ぼすことがあります。例えば、「改革政治か利益政治か」という、二〇〇七年七月まで聞かれたスローガンが構造改革路線への同意を調達する機能を果たしたこと、「強力な指導者」や「ガヴァナンス」の連呼が、上意下達の企業統治モデルを社会の各組織に導入する作用を及ぼしたことを想い起こせばよいでしょう。「あらゆる政治的概念は論争的性格を持つ」と政治学で言われる所以であり、われわれは概念の使用に気を配る必要があります。

ただよく考えてみれば、そもそも、概念や理論は生々しい生活体験の中から形成された主体による抽象化の所産であるはずです。「デモクラシー」や「議会制」でさえ、古代ギリシア人や英国人の長年の政治経験から生み出された歴史的英知の産物なのです。そこで、理論が主体の思考活動の所産だと自覚されている国々では、理論を実践に移すことにより、その誤りから学んで検証し、不断に修正していくという現実からのフィードバック作用が必ず働くはずです。欧米で「プラグマティズム」と呼ばれる思想の利点は、そうした理論の自己修正メカニズムを内部に取り入れている点にあります。

ところが、理論や制度を模範国から出来上がった既製品として輸入するばかりで、自分自身の経験により創造してこなかった国では、理論を経験により主体的に検証する作業が最初から困難であるばかりか、誤った理論にいつまでも依存し続ける硬直したドグマティズム(教条主義)に陥りやすいのです。それどころか、特定概念の無批判な使用がメディアにより大量宣伝される時、人々の現実の見方を一面的に狭める「ステレオタイプ」と化して、個々人の批判能力を麻痺させる恐るべき政治的効力を発揮します。

こうした「理論信仰」(丸山眞男の用語です)は、冷戦期にはマルクス主義者を長らく呪縛してきましたが、二〇〇一年以来は、テロリズムへの「正しい戦争」やリスクを他人に転嫁する「金融工学」といった新たな形で合衆国に顕著に見られるようになりました。同様に、誤ることのない「指導者」への服従が「民主主義」だという「指導者民主主義」の神話は、英国を模範とした改革論議が生み出した現代の「理論信仰」だと言ってよいでしょう。しかし、選ばれた権力者への統制手段を選挙以外に認めず、議会選挙を政権党への授権手続きに矮小化するならば、議会制は、「イギリス人は自由だと思っているが、自由なのは投票の瞬間だけで、その後は奴隷状態に戻ってしまう」というルソーの英国議会制批判が当てはまる寡頭支配と変わることがなくなるでしょう。四年前のように、選挙の後は自由を放棄した「奴隷状態」に戻ることがないためには、権力者に対する不断の監視を怠ることなく、ドグマにとらわれない自由な思考活動を心がける努力が求められています。
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