記事・論考
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「再生」の政策学 <3> 自治体 第三者の監査不可欠

木村 真 公共政策大学院特任助教 木村 真

連続シンポジウム「再生の政策学」の締めくくりは、「自治体の再生」をテーマに行われた(七月七日)。
 宮脇淳北大公共政策大学院教授のコーディネートのもと、地方分権推進委員会委員長代理として分権論議の最前線に立つ増田寛也前岩手県知事、革新的な行政改革を断行した木下敏之前佐賀市長、倒産法の専門家で総務省の債務調整等に関する調査研究会メンバーの中島弘雅慶大法科大学院教授を迎えて行われた議論は、各自の経験や立場を踏まえた活発なものとなった。
 夕張に限らず、自治体の再生は現在進行形の課題である。その答えを探るための視点は二つある。一つは夕張のような事態を未然に防ぐために何が必要かという視点であり、いま一つはそうした事態が起きた場合にどのように対処して再生への途を開くかという視点である。

外部の人材必要

 これらについて各識者の意見は、優秀な外部の人材を登用できるように公務員制度を柔軟なものとすることが重要という点で一致した。不適正な会計操作を見逃さないためには第三者の専門家による監査制度の導入が不可欠である。また、自治体の再生には内部の人間だけでなく外部の専門家の意見を取り入れて創意工夫を最大限に発揮できる環境を整えることが大事である。こうした専門家を育てる機関として公共政策大学院の担う役割が重要であるとの増田氏の言葉は、大学院関係者にとって励みであると同時にその責任の重さを痛感させる。
 一方、結論を得るに至らなかった論点としては、夕張のように自治体が過重債務を負ってしまった場合にその債務を軽減できるようにすべきか、という問題が挙げられる。金融機関が一定のリスクを負うべきという増田氏に対し、中島氏は現状では債務調整の制度化は難しいと述べている。債務を軽減する前に首長・議会・公務員など行政がまず自ら責任をとらなければならないことは言うまでもない。だが、それでも債務が重すぎる場合にその負担を金融機関が負うのか、住民が負うのか、それとも国つまり全国民で負うのか。また同じ自治体の事業でも、国民健康保険などと違い、観光のように必ずしも自治体でやる必要の無い事業の破綻(はたん)のツケを国が負担するとなったときに、他の地域の人々がはたして納得するのか。この問題は、誰が自治体財政の健全性を評価・判断し、どの部分のリスクを負うのかを整理しなければならず、一筋縄ではいかない。
 先の国会で成立した地方財政健全化法は、財政指標の精度を上げて早い段階から国が関与することで夕張のような事態を未然に防ごうというものである。これは地方分権と逆の考え方でもある。三位一体改革によって地方分権が大きく進んだ中でこうした事態を招いたのは、夕張問題を契機として地方に任せて本当に大丈夫なのか、という声が挙がっていることが背景にある。

分権の成果示せ

 しかし、同法には全自治体に外部監査を義務付けていない点や政府保証が暗黙のままである点など課題も多い。また新たな財政指標も万全である保証はない。つまり、最終的に誰が評価しリスクを負うのかという本質的な問題は曖昧(あいまい)なままであり、夕張のような事態を防げるかどうかも不確かである。再生制度はいまだ道半ばの状態なのである。
 こうした中、自治体は、国が決める新たな基準がどんなものかをただ息を潜めて待ち、破綻の烙印(らくいん)を押されはしないかと恐れているように見える。しかし、今求められているのは地方の危機の解決を国にゆだねることではなく、不信感を払拭(ふっしょく)するために再発防止策を示すなど、より優れた再生制度を地方自ら考えることではないだろうか。例えば、道内の全自治体に外部監査を導入するというような国の法律よりも一歩進んだ方針を道が旗振り役となって示すこともできるはずだ。破綻をいかに克服し、再生したかを売り出して行けるようになってほしい。
 「地方にもっと自由にさせてくれれば効率的に仕事ができる」と言って始まった分権改革だが、今はその結果が問われはじめていることを地方は自覚しなければならない。ようやく回り始めた分権の歯車を回すも巻き戻すも、柔軟な公務員制度という識者の提言を生かすも殺すも、最終的に地方が自ら再生する気があるかどうかにかかっている。

(きむら・しん=北大公共政策大学院特任助教)

北海道新聞夕刊文化面 平成19年7月26日掲載