稼農 和久 
ノーマライゼーション、直訳すればノーマルにすること、通常化、普通化である。1950年代にデンマークで知的障害者の生活のあり方について提唱された言葉である。その後、障害者福祉のみならず高齢者福祉の分野などひろく地域福祉推進のキーワードとなっている。
私は職業柄、この言葉をよく使ってきたし、講義等でも頻発している。障害があってもサポートを受けながら(健常者が普通に体験するように)地域で通常の生活を送れるような社会を目指すというのが現状のわが国での目指すべき姿なのだと思う。
先般、道内で障害者の地域生活支援に取り組んでいる小さな事業所を訪ねた。そこで、8年ぶりにある実践者と再会した。「障害者にサービスを提供している私たちが、彼らの「普通の暮らし」にとって、かえってバリアになってしまっては本末転倒なのに、そういう場面もあるのかもしれない。次の段階に向けて悩んでいる自分がいる。」という言葉が強烈に印象に残っている。
朝9時にディサービスの迎えのバスに乗って高齢者が「通勤」し、午後4時頃同じバスで帰宅する。そういった風景が日常になってきている。もちろん、サービスが少なかった時代に比べれば隔世の感があるし、それぞれの人々の生活をサポートしている。ゴールドプラン(高齢者保健福祉計画)、エンゼルプラン(子育て支援計画)、障害者プラン・・・。これまでサービス量の拡充を第一の目標にして計画的な整備が進められてきた(厚生労働省出身者として役人側から言えば、「進めてきた」)。
月並みな言葉であるが、これからは、もちろん必要なサービス量を確保しつつ「量から質への転換」、もっと言えば、「地域における受容力の強化」がノーマライゼーション・安心感の醸成につながっていくのではないかと最近考えている。閉塞感がある世の中で、押し付けではなく、それこそ「持続可能な」安全網をどのようにはりめぐらせていくのか、課題は多いが、皆さんとともに考えていきたい。
(かのう・かずひさ 北海道大学公共政策大学院教授)