菅 正広 
昨年(2007年)7月、北海道大学公共政策大学院教授の辞令を頂戴し、北海道に赴任してから、実は、「にわか大学教授の北海道単身赴任日記」という日記をつけている。日記をつけると言っても、気の向いた時にPCを叩いて、その日の出来事で新しい発見があったこと、感じたこと、頭に浮かんだことなどをそこはかとなく書きなぐっている程度のものである。毎日書いているわけでもないし、それこそ気の向いた時に書きつけているだけのものだ。今回、その日記を編集し書き下ろすこととした。にわか仕立ての教員が北海道に単身赴任して9か月ほどの間に感じたことを綴ったものとしてお読み頂ければ幸いである。
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単身赴任と言うと男ヤモメのようなわびしい語感があるが、どうしてどうして、この自由はなかなか得難いものだ。単身赴任は実は2度目なのであるが、1度目の単身赴任時(大阪)にはこんな余裕はなかったような気がするから、土地柄のせいか、仕事のせいか、恐らくその両方のせいであろう。
1.まず、土地柄について。北海道の夏はいい。北大キャンパスの夏は特に素晴らしい。8月初めには、イタリアポプラの真っ白な綿毛のようなタネが一斉に空中を浮遊する。まるで童話の世界だ。北大のポプラ並木は田園風景で有名なイタリア北部トスカーナ地方のポプラ並木とよく似ている。冬の間は温室を除いて閉園しているが、北大附属植物園の青い芝生も最高だ。北海道の秋はあっという間の短さだ。大学の後期授業が始まるとともに駆け足で過ぎて行った。しかし、秋空に映えるナナカマドは見事だ。北大キャンパスの紅葉は、京都の名刹のそれとは違った透明感がある。そして冬。2月の雪まつりの頃、大学生の娘が友達と一緒に遊びに来た。我が単身宅に何泊かしてスキー合宿の風情。娘たちにつきあって、キロロではスキーの後、温泉に行った。娘とアフタースキーに温泉に入るという至福の時を過ごした。サッポロテイネでは、西に日本海、東に札幌の「白い街」が広がる絶景に思わず息を呑んだ。シティビュークルーズのゲレンデは最高のパウダースノーだった。北海道の春はこれから経験させてもらうのだが、こちらも実に楽しみだ。なにしろ、長い冬が終わり、ウメ、レンギョウ、サクラなどが一斉に咲き出すという。北大キャンパスの大野池には水芭蕉が美しい花を咲かせることだろう。ギョウジャニンニクやカタクリなどの山菜採りも楽しみだ。
また、北海道の人たちの人間性はオープンである。ある友人は、自分は小さい頃から全国各地に転校が多かったが、唯一北海道でだけはイジメに合わなかったと言っていた。北海道自体が、たいていの場合、元々ヨソからやってきて助け合いながら生きてきた土地柄であることと関係があるのかもしれない。
2.次に、仕事について。大学の仕事も実に面白い。自己規律と自己責任の下ではあるが、こんな自由はめったに得られるものではない。大部分の時間は自分がデザインしたように自由に使える。大学に通うのは学生時代を含めて3回目だが、大学が自由な天地であることは学生にとっても教授にとっても同じだ。宮仕えからの自由、家族からの自由、ストレスからの自由、好きなことを何でもできる自由、何にもしない自由・・・・・。数えたらきりがない。総合博物館と道をはさんで、大学附属図書館に研究室を頂き、知的環境にドップリ浸らせてもらっている。財務省の仕事とは全く違う。研究職というものが初めての経験でもあるせいか、何でも新鮮に感じられる。
(1)まず、教育。北大の学生であるが、いい顔をしている。ギスギスしていない。自然が育むのか、人間性が豊かで、ゆったりしている。あまり背伸びをしない自然体が持ち味か。札幌農学校(現北大)初代教頭であった、かのクラーク博士は " Boys be ambitious!" とおっしゃったそうであるが、ambitiousな部分が現代人のスマートさに蔽い隠されているのか、学生からあまり感じられないのが気になると言えば気になるのではあるが・・・。
それでも、若い学生はとにかく瑞々しい。単身赴任故に、学食を利用することも多いのだが、先日、学食で夕飯を食べていると、弓道部か合気道部か、道衣を着た学生が向かいのテーブルに座った。やおらタッパーに入れて持参した白いご飯を取り出し、サンマの塩焼き(帰りに学食入口のメニューを確認したら150円也)とみそ汁(同じく30円也)を食べているのを見かけた。「エライぞ!青年。ガンバレ!」とフウテンの寅さん風に声をかけてみたくなったが、頑張っている若者を見ると、最近妙にこちらが勇気をもらったような気がする。年をとったせいか、その世代の人の親となったせいか。
(2)次に、研究。あるテーマ(「国の内外の貧困」と「マイクロファイナンス」)について本を書いている。夏から書き始めて20万字ぐらい書いた。新書は9〜10万字、単行本は15万字と言われているので、分量だけは新書2冊分を書いたことになる。M先生のご紹介で、ある出版社から、今秋、初めての本を出版することが決まった。しっかりしたものに仕上げよう。
講義では、財政金融論の中で社会問題への共感を論じている。共感から具体的政策に結び付けるにはどうするか、学生と議論をしては思索を深めている。まさに教えることは学ぶことだ。一般の受け止め方とは異なり、日本には貧困が厳存し、かつ増大している。日本の貧困は、今や例外的な存在ではなく、老若男女に質・量ともに無視できない規模で存在する。捕捉率の低い生活保護世帯、非正規雇用・ネットカフェ難民などのワーキングプア、多重債務者等の貧困はもはや「個人の問題」としてではなく、「社会の問題」として取組むことが必要だと思う。海外に目を転ずれば、10億人もの1日1ドルに満たない生活を余儀なくされ、生命を危険に晒す貧困が存在する。
今年の2月初から、土曜日の夜、農学部のH君が事務局長をしている「北海道の労働と福祉を考える会(労福会)」の夜回りに参加している。夜回りとは、土曜日の夜20時から22時ぐらいまで札幌駅や大通公園などのホームレスの方々に声をかけて缶コーヒーなどを手渡し、お話しをする活動だ。信じられないかもしれないが、冬には零下10度以下にさえなる日もある、この極寒の札幌に少なくとも130人のホームレスの方々がいる。普通の人が持っているイメージとはだいぶ異なり、気さくな人たちだ。社会とのつながりやきずなを求めている。夜回りには誰でも参加できる。関心のある方は是非一度参加してみるのもよいのではないだろうか。
また、ある先生のご好意で、3月半ばにマイクロファイナンスの調査研究のためにバングラデッシュに出張させてもらった(S先生、Y先生そして法学部のTさん、有難うございます!!)マイクロファイナンスの「先進国」であるバングラデッシュには、マイクロファイナンスを研究する者として予て訪ねてみたいと思っていたので、夢がかなった思いだ。グラミン銀行をはじめ、BRACやシャプラニールなどのNGO、バングラデッシュ財務省・中央銀行、アジア開発銀行などの国際金融機関のほか、現地のJBIC、JICA、経済界の方々にもヒアリング調査と意見交換をさせてもらった。また、今回の出張ではグラミン銀行やBRACのマイクロファイナンスの現場をフィールド調査させてもらったが、ハイライトは、一昨年ノーベル平和賞を受賞されたムハマド・ユヌス・グラミン銀行総裁に直接お目にかかってお話しをお伺いする機会を頂いたことだ。在ダッカ日本大使館のご尽力のお蔭だ(I大使、そして最もお世話になったY一等書記官に多謝!! )。ユヌス氏はさすがに人徳者で、カリスマ性のある方だった。バングラデッシュでは、政府に集まる人材とNGOなど民間に集まる人材に大きな差がある。前者に比べて、後者に優秀な人材が集まっていることは至る所で感じられる。幹部のみならず、そこで働く一般職員のモチベーション、インテグリティ、目の輝き、身のこなしなどにおいて圧倒的な差があるのが伝わってくる。出張の模様はいずれ何かにまとめよう。
(3)新しい経験としては、先日ある論文の査読(レフリー)を頼まれて論評した。学問の世界は厳しいことを改めて実感。
研究の合間には、できるだけ違った分野の先生のお話しを伺うようにしている。機会があれば、他分野の先生の講演やシンポジウムにもできるだけ出席する。また、時々お向かいの総合博物館を訪ねる。最近、動物園が面白くなったが、博物館も面白くなった。博物館は頭脳を活性化してくれるそうである。総合博物館がお向かいにあるとは何と贅沢なことか。感謝。感謝。
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昨年12月以降、真冬日が続き北海道の冬はさすがに寒い。道路も凍結してジョギングができなくなったため、スポーツジムに入った。体力測定をやらされ、バイクを漕いだら最大酸素摂取量(VO2max)が57ml/kg/minで、体力年齢はナント21歳と出た。「マサカ? いくらなんでも」と思い次の日もやってみたが、同じ結果。最近、よくいろいろな人から学生にハッパをかけてやって下さいと言われるが、学生にambitiousなチャレンジをすすめても「先生がやってみて下さい。」と言われる。実際にそうは言わなくとも目が言っているのが分かる。ヨシッ。この体力年齢なら、あとは精神年齢を若く保てば、新しいチャレンジでも学生諸君とドッコイドッコイの勝負ができるのではないかと年寄りの冷や水のようなことを考えなくもない。しかし、ご注進、ご注進。暫くは隠忍自重だ。warm heart, cool headで徹底的に詰めよう。そして、学生諸君とは本音でじっくり話してみよう。そんな風に考えられるのも、いろいろな制約からの自由、そして考える時間を持てる自由を享受できる大学教授の特権ではないか。つくづく有難いことだと改めて感謝の念がこみ上げてくる昨今である。
(かん・まさひろ 北海道大学公共政策大学院教授)